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2019年10月23日、朝の富士山 ~初冠雪の富士を望む

2019年10月23日、朝の富士山です。

 

宝永山火口付近まで白く雪化粧。

今年は平年よりもだいぶ遅い初冠雪。

 

甲府地方気象台は22日、富士山の初冠雪を確認したと発表した。平年より22日遅く、昨年より26日遅い。

気象庁のアメダス(地域気象観測システム)によると、標高3775メートルにある観測点では21日午後8時に氷点下4.1度まで冷え込み、22日も午前4時と同11時に氷点下0.4度まで下がっ。

22日は甲府地方気象台が甲斐駒ケ岳(山梨県、長野県)、富山地方気象台が立山(富山県)の初冠雪をそれぞれ確認。甲斐駒ケ岳の初冠雪は平年より5日早く、昨年より1日遅い。立山の初冠雪は平年より14日遅く、昨年より1日遅い。

〔共同〕

 

日もだいぶ短くなってきました。

今朝がたはコートが欲しい気温。

車の温度計では8.5度です。

紅葉も始まったようですから、週末晴れたら富士五湖方面にでも足を延ばしてみましょうか。

 

「テンプレート式超ショート小説の書き方」 ~ 小説って、もしかしたら気軽に書けるのかもしれない

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中学時代から本を読むことは非常に好きで、一時期真剣に小説を書きたいなぁと思っていたことがあります。

学生時代はSF小説が好きで、実際に書いてみたこともあるのですが・・・

やっぱり難しいですよね。

自分の書く小説は、全体的にのっぺりしていて、あらすじのような感じがしたものでした。

 

年をとるにしたがって、そのような思いは薄れ、遥か彼方へと遠ざかってしまいました。

そしていつしか本もあまり読まなくなってしまって・・・

 

月日は流れ、60歳。

髪の毛が薄くなったオジサンはブログを書き始めたのです。

そして、また文字を書くという面白さに触れることができたのです。

 

半年近く、ブログに記事を投稿し続けて行くと、文字を書くことも軌道に乗ってきて、昔の気持ちがむくむくと湧き上がってくるのを感じ、最近また小説を書きたいなぁと思うようになってきました 。

 

しかし、気持ちはあってもそう簡単に小説を書くということはできません。

原稿用紙に換算し、10枚程度の長さでもゼーゼーしていた若い頃が脳裏に浮かびます。

 

そんな時に目にしたのがこの本。

 

「テンプレート式 書ける・読ませる・面白い 超ショート小説の書き方」

 

超短編小説、300字文字小説。

300文字で小説?

まさかね。

でも300文字だったら気楽に書けるかな。

そう思い、早速読んで見ることに。

 

テンプレート式 超ショート小説の書き方<改訂新版>

テンプレート式 超ショート小説の書き方<改訂新版>

 

 

この本には、小説を書く上で基本となる、小説を構成するための、いくつかのテンプレートの例が紹介されています。

 

小説の原案を決めたら、テンプレートに沿って文字を埋めて行くだけ。

 

そのテンプレートを使って書いた小説も多数紹介されています。

 

紹介されているテンプレートを眺めていると、いくつかの小説の案が頭の中にひらめくのです。

パターンが決まっているので、案を思いつきやすいんでしょうね。

調子が良いと、短時間に三つも四つも案が思い浮かぶ時があります。

 

それを早速文章に。

文字数が少ないので、ストレスなく書くことが出来るのです。

 

場合によっては、スマホの音声入力システムを使ってそのまましゃべる。

 

いやぁ、目から鱗。

 

すでにこのブログでもいくつかショートショートを書いています。

そのうちの半分近くが、このテンプレートを用いて書いたもの。

 

私が書く小説の文字数は1500字前後。

でも読み返してみると、このくらいの文字数ですとボリューム感がない。

当たり前ですが、 なんだか小説のプロトタイプを書いているような感じです。

 

でもこれから発展して、肉付けをしてそれなりのショートショートに仕上げていこうかと考える今日この頃です。

 

こうやってしばらくは小説を書く練習をしてみようと思います。

 

小説を書くことに興味がある方はぜひ読んでみてください

リセット ~地球の意思は失敗を繰り返してしまったのか?【短編小説】

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「まただ、また失敗してしまった」

 

地球の「意思」がそうつぶやいた。

 

地球の「意思」は深く落胆してしまったのだ。

 

それも、再び・・・



北の指導者は妄想と現実の区別がつかなくなっていた。

自分の権力は絶対的であると信じて疑わないのだ。

彼は、この地球上で自分の権力を確固たるものにすべく、兵器の開発に全精力を傾けていた。

そして、それにより世界各国の指導者との交渉を有利に進めようと考えていたのだ。

 

大国の大統領にとって、北の指導者はまさに目の上のたんこぶだった。

北の指導者との取引に関しては、自国の権威、いや自分の権威を世界中に見せつけてやるよい機会と考えていた。

しかし、やつの考えは全く持って分からなかった。

「何を考えているんだ」

北の指導者を、手のひらに乗せてうまく転がしてやっていると思ったら、突然牙をむいてきた。

「大目に見てやれば図に乗りやがって」

大国の大統領はこぶしを握り締め、歯ぎしりをした。

 

北の指導者の怒りは頂点に達していた。

「この俺様を馬鹿にしやがって」

大国の大統領が、思うように彼の交渉条件を飲まないのだ。

それどころか、強硬手段に出て来たのだ。

「なめられてたまるか!」

妄想と名誉欲に凝り固まった北の指導者の怒り心頭に達した。

そして彼は、ついに核ミサイルの発射ボタンを押した。

 

地球上に核ミサイルが飛び交った。

地球上のあちらこちらで不気味なキノコ雲が湧き上がった。

 

そして、地球上の環境は激変した。

 

大地は放射能に汚染され、大気は破壊され、紫外線が容赦なく地表に降り注いだ。

 

人類はおろか、哺乳類を含むほとんどの生命体が死滅した。

 

6500万年前に、巨大隕石が地球に衝突し恐竜たちが死滅したように・・・



深いため息が地球上を包み込んだ。

 

「また失敗してしまった」

 

地球の「意思」は深い悲しみに打ちひしがれていた。

 

2度目の失敗だった。

 

一度目は恐竜。

 

彼らは2万年近くの間地球上で栄え、種族を増やし頂点に君臨していた。

地上で、海で、空で栄えたが、あるものは巨大化し、凶暴になっていった。

集団で狩りをするものも現れたが、ある意味進化の袋小路に迷い込んでしまったのだ。

恐竜たちが地球を支配する2万年の間に、高度な文明を築くに至らなかった。

 

地球の「意思」は、進化の袋小路に迷い込んでしまった地球上の恐竜たちをリセットして、新たなチャンスを哺乳類に託すことに決めたのだ。

 

彼ら哺乳類は、恐竜全盛の地球上では、小さくひ弱な存在だった。

絶えず恐竜たちにおびえ、物陰で体を震わせながら生活していた。

 

地球の「意思」は地球に隕石を落とすことで恐竜たちが支配する世界をリセットすることにした。

 

そして、恐竜たちが滅び、環境が激変した地球上で哺乳類たちは活動を開始したのだ。

 

結果として、哺乳類はわずか6000万年で、進化の過程で何回か寄り道はしたのだが、ホモサピエンスが出現した。

そして彼らは高度な文明を築いて行った。

 

2度目はうまくいくはずだった。

 

恐竜達とは違い、哺乳類は素晴らしいスピードで進化し、文明を築着始めたのだ。

 

だがしかし、哺乳類の頂点にたった人類の本質は恐竜たちと変わらなかった。

 

人類は貪欲で、支配欲が強く、見方によっては恐竜と変わりはなかった。

 

「また失敗してしまった」



地球の「意思」は大きく落胆した。

そして再び歴史をリセットすることを考えた。

 

しかしながら、人類をリセットするのに、地球の「意思」は必要なかった。

人類は、自ら核ミサイルというリセットボタンを押してしまったのだ。

 

そして人類、いや、地球上の生命は壊滅的なダメージを負ってしまった。

 

赤茶けた大地が地球表面を覆った。

緑の、そして青い地球の面影は失われてしまったのだ。



赤茶けた地球に、長い長い時間が流れた。

 

「3度目こそは」

 

地球の「意思」がつぶやいた。

 

放射能汚染がなくなり、大気が再生され、地球上に生命体が繁栄できる環境が整うまで数千年の年月が必要だった。



そしてようやく地球上に青い空、青い海、そして緑の大地が復活した。

 

とある大陸の川べり、草むらに動きがあった。

 

生命体だ。

地球上で生き残った生命体が存在していたのだ。

 

生命体はあたりを用心深く観察し、安全を確かめるとゆっくりとその全身を現した。

 

6本足、複眼の生命体が顔を出した。

彼こそが、地球の「意思」に選ばれた未来の地球を背負うことになる生命体。

過去に昆虫として栄えた生命体である。



「さあ、3度目の挑戦だ」

 

昆虫たちは、地球の「意思」を受け継ぎ、これから進化し、この地球上で理想の世界を築くのだ。

 

地球にとって3度目の挑戦が始まった。

恐竜と人類は共存していた時代があったのか・・・「ムー民」なのですが、恐竜オーパーツ に物申す

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オーパーツとは

オーパーツという言葉を聞いたことがありますか?

 

「オーパーツ」は、主に出土品などが、考古学上その成立や製造法などが不明とされたり、当時の文明の加工技術や知見では製造が困難あるいは不可能に見える場合に使われる。正式な考古学用語ではなく、そういった出土品の存在を強調し、通説に疑義を唱える意図で主に使われる。

  

恐竜に関しても、古代遺跡からそれらしきものを描いた壁画や土器が多数見つかっています。

 

それらを発見した人たちは、あまりの恐竜のリアルさに驚き、その時代に恐竜は生きていたと信じてしまったことでしょう。

現代においても、そのことを信じている人が数多く存在することは事実です。

 

私自身もそう思っていた時期がありました。

 

しかし、古代の人々は本当に実物の恐竜を見て、壁画を描いたり土器を作成したりしていたのでしょうか。

 

私自身も、オカルト系(?)雑誌「ムー」を愛読する「ムー民」なのですが、今回は恐竜オーパーツに異議を唱えてみようと思います。

 

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恐竜オーパーツに物申す

なぜ異議を唱えてみようと思ったのか。

 

正直申しまして、私は今でも恐竜が生存している可能性は全くのゼロではないと思っています(思いたいのです)。

 

ですが、人間と恐竜が同時代に存在していたかということになりますと・・・ 

まず疑われるのが、壁画や土器は実際にその時代に描かれ、作成されたものなのかという点です。

この点につきましては、様々な分析結果からみても間違いのない事実と考えています。

だからと言って、その時代に恐竜が実在したと考えるのは難しいと思っています。

 

それはなぜか、説明して行きましょう。

 

恐竜と人間が生活していた時代は一致しない

恐竜が生存していた時代は、今から6500万年前まで。

地球に巨大な隕石が衝突したことによる気候変動により絶滅したことが研究結果により証明されています。

 

人類が誕生するのはその後6000万年後。

 

恐竜が滅んだとされている時代から6000万年の後となります。

 

その間、恐竜が生存し続けてゆくためには、かなりの個体数が必要になりますよね。

 

また、仮に生存し続けたとしても、6000万年もの期間は、環境に適合するためにかなり進化をしていると想像できます。

 

そう考えると、その間恐竜が生き延びていたことを実証できるものが何も見つかっていません(鳥類は恐竜から進化しているのですが)。

 

環境変化の少ない海中ならと思うことはありますが・・・

シーラカンスのような深海に恐竜が住むことはできませんから。

ましてや地上では、事実上不可能と考えられます。

 

仮に、恐竜と人間が共に生活していた時代があったとしたら、人類の痕跡と同様に恐竜の痕跡が発見されているはずです。

 

人類の痕跡は世界各地に多数発見されていますが、恐竜については全くありません。

 

それではなぜ古代人は恐竜の壁画や土器を残したのでしょう。

次からは私の自論です。

 

なぜ恐竜オーパーツが存在するのか

そもそも描かれた壁画や作られた土器の生物は、現代人が恐竜に見えるだけ

 

魚竜については、リュウグウノツカイのような深海魚を描いたものもあるのではないでしょうか。

その他、ワニなど。

 

当時は現代に比べて深海魚に遭遇する率も高く、それらの姿がデフォルメされて描かれている確率は高いと考えています。

 

私たちが恐竜だと思ってみているからそうなったのではないでしょうか。

 

古代人が恐竜の化石からその姿を連想した

私はこの可能性が一番高いと考えています。

 

現代でも、ゴビ砂漠などでは地表に近い部分や、もちろん地表からも恐竜の化石が多数発見されています。

 

当時の人たちも、恐竜の化石と遭遇することは容易だったと考えます。

 

恐竜の巨大な骨格を見て、彼らは驚き畏敬の念を持って壁画や土器にその形を残したのではないでしょうか。

 

化石からその姿を連想することは、当時の人間の感性から言っても可能だと思いませんか?

 

逆に、生きている姿を見ることができないゆえに、そのようなものが神格化されて、各地に広まった可能性が高いと考えるのです。

 

これら推測は21世紀の知識をベースに考えたもの

私の推論はあくまでも現代の知識を持って考えたものです。

 

ですが、当時の人間と現代人の大きな違いは、第六感の力だと思うのです。

自然とともに暮らしていた彼らの五感はかなり研ぎ澄まされたものであり、第六感も使いこなしていたと考えることは可能ではないかと。

 

私たちから消えようとしている、それら感覚が磨かれると、もしかしたら

我々の知らない世界を知っていたかもしれません。

 

その点は「ムー民」として、新たな可能性があるかもしれないと思うのです。

曇天でもこのような風景が

週末、なかなか晴天に恵まれません。

でも、そんな時でも・・・

 

東名高速道路足柄付近から。

この辺は雲の上なんでしょうか。

なんだか雲に向かって車が進んでゆくような。

 山裾は完全に雲の中ですね。

また、台風20,21号が。

休日は台風が・・・

秋らしい青空が見たい。