創作の森に迷い込んだカエルの話

写真家、小説家などの創作活動にあこがれるカエルが、ふとしたきっかけで富士山の麓にある創作の森に迷い込んでしまったお話

Webライターのひとりごと 「僕はモブキャラクター」

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モブキャラクター ‌MOB‌ ‌character

 モブキャラクター‌‌と‌いう‌を言‌葉‌、聞‌い‌た‌こ‌と‌が‌あ‌り‌ま‌す‌か‌?

 漫‌画‌や‌ア‌ニ‌メ‌の‌中‌で、‌原‌則‌と‌し‌て‌名‌前‌を‌持‌た‌ず‌「群衆」として扱‌わ‌れ‌る‌キャ‌ラ‌ク‌ター‌の‌こと‌を‌言‌い‌ま‌す。「モ‌ブ‌キャ‌ラ」「群衆キャラ」「背景キャラ」ラ‌と‌も‌呼‌ば‌れ‌ま‌す。‌ ‌

 ‌

モブキャラクター

 僕の人生を芝居に例えるとすると、‌僕‌自‌身‌の‌人‌生‌の‌主‌人‌公‌は‌僕‌で‌あ‌る‌こ‌と‌に‌間‌違‌い‌‌あ‌り‌ま‌せ‌ん‌。 ‌

 そんな僕が‌演‌じ‌る‌芝‌居‌ ‌は基本的に一人芝居。

 僕が演じた一日の芝居を振り返ってみましょう。

 1‌日の芝居に‌何‌人‌の‌登‌場‌人‌物‌が‌出‌て‌く‌る‌で‌しょ‌う‌か‌ ‌。

 朝‌起‌きることからスタートです。

 ア‌パー‌ト‌を‌出て、満‌員‌電‌車‌に‌揺‌ら‌れ‌て‌会‌社‌へ‌。

 オフィスに入る時には毎朝決まって会う清掃のオバちゃん、この人意外と無神経でオフィスに入る邪魔をするんだよな、なんて思ったりしながらも「おはようございます」とあいさつ。 ‌

 会‌社‌に‌入‌れ‌ば多くの‌同‌僚‌達‌や‌上‌司‌と‌の‌会‌話、退‌屈‌な‌会‌議。‌ ‌

 お‌昼‌に‌入ったラー‌メ‌ン‌屋、‌カ‌ウ‌ン‌ター‌の‌向‌こ‌う‌の‌元気の良い店‌員‌さ‌ん、両隣‌に‌座‌る顔だけは見たことあるサラリーマン。‌ ‌

 眠‌い‌午‌後‌ 、そ‌し‌て‌帰‌り‌の‌電‌車‌。 ‌

 夕‌食‌を‌買‌い‌に‌立‌ち‌寄っ‌た‌スー‌パー‌で、‌ちょっ‌と‌可‌愛‌い‌女‌子‌大‌生‌に‌目‌が行ったりして。‌ ‌

 そ‌う‌し‌て‌終‌わ‌る‌今‌日‌1‌日‌ ‌。

 そ‌の‌中‌で、‌あ‌な‌た‌に‌とっ‌て‌重‌要‌な‌人っ‌て‌何‌人‌い‌た‌で‌しょ‌うか。‌ ‌

 会‌社‌の‌同‌僚‌や‌上‌司‌は確‌か‌に‌重‌要‌な‌人‌か‌も‌し‌れません。‌ ‌

 で‌も‌準‌主‌役‌級‌とか脇‌役‌級の登場人物が何人いたかと言えばどうでしょうか。

 会社関係の付き合いなんて、やめてしまえば縁がなくなる人がほとんどです。

 そう考えると、ほとんどいないのではないでしょうか。

‌ ‌

 さ‌ら‌に僕の芝居に登場した人々は、‌皆それぞれの人生の‌一‌人‌芝‌居の主人公‌を‌演‌じ‌ています。‌ ‌

 僕‌も僕の芝居に登場した人たちの一人芝居の登場人物。そ‌の‌中‌で‌僕‌自‌身‌ど‌の‌よ‌う‌な‌役‌割‌を‌持っ‌て‌い‌た‌の‌で‌しょ‌う‌か‌。 ‌

 間違いなく‌モ‌ブ‌キャ‌ラ‌クターだっ‌た‌はずです。‌ ‌

 ‌

僕も地球のモブキャラクター

 普‌段‌の‌生‌活‌で‌他‌人‌の‌視‌線‌を‌気‌に‌し‌す‌ぎ‌て‌い‌ま‌せ‌ん‌か‌ 。‌

 例‌え‌ば、‌今‌日‌喫‌茶‌店‌に‌入っ‌て‌何‌か‌失‌敗‌を‌し‌て‌し‌まっ‌た‌と‌し‌ま‌す。コーヒーをこぼしたとか、足を踏んでにらまれただとか。もしくは、ダサいコーデに気分が落ち込んでいるとか。‌ ‌

「う‌わー‌笑‌わ‌れ‌て‌る、‌恥‌ず‌か‌し‌い」

 な‌ん‌て‌思‌う‌こ‌と‌あ‌り‌ま‌す‌よ‌ね‌ 。‌

 で‌も‌そ‌ん‌な‌僕を気にしてみている人が何人いると思いますか。その日の終わりまで覚えている人はいないと思います。おまけに名前さえも知られていないのだから。‌

 も‌ち‌ろ‌ん‌、その瞬間には‌笑‌わ‌れたり、ムッとされたりしたかも‌し‌れ‌ま‌せ‌ん。‌ ‌

 で‌も‌、僕はその笑っ‌たりムッとした人のモブキャラクターの一人にしか過ぎないのです。‌

 映‌画‌が終わって、最後に登場人物の名前が画面に流れます。僕の名前は・・・。

 小さな字で載れば大したもの。ほとんどは「協力〇〇市の人々」で済まされるか、最悪は出てきません。

 自分以外の大多数、というか世界の人口からすればほぼ100パーセントの‌人たちに‌とっ‌て‌重‌要‌な‌登‌場‌人‌物‌で‌は‌なく、すぐに‌忘‌れ‌去‌ら‌れ‌てしまう‌登‌場‌人‌物‌な‌の‌で‌す‌ ‌

 ‌

モブキャラクターだと割り切って、他人の視線や評価を気にしない‌‌ ‌

 今まで僕が書いてきたことは、自分の‌人‌生っ‌て‌全‌く‌無‌意‌味‌じゃ‌な‌い‌かっ‌て、言っているわけではないのです。‌ ‌

 だっ‌て‌自‌分‌自‌身‌の‌人‌生‌の‌主‌人‌公‌、この芝居ではモブキャラクターな‌ん‌じゃ‌な‌い‌で‌す‌か‌ら。

 確かに他‌人‌の‌人‌生‌の‌芝‌居‌の‌中‌では‌大‌き役を演じている場合はほとんどありません。

 演技力も注目されてなんかいないのです。

 そう考えると、‌他‌人‌の‌そ‌の‌場‌限‌り‌の‌視‌線‌な‌ん‌か‌気‌に‌す‌る‌こ‌と‌な‌い‌ん‌で‌す。

 今‌日‌は‌ちょっ‌と‌ダ‌サ‌い‌服‌を‌着‌て‌き‌ちゃっ‌た‌な、人の視線きになるなぁ、‌な‌ん‌て‌思‌う‌時‌あ‌り‌ま‌す‌よ‌ね‌ ‌。

 で‌も、‌そ‌ん‌な‌あ‌な‌た‌を‌気‌に‌し‌て‌記‌憶‌し‌て‌い‌る人‌な‌ん‌て‌ほ‌と‌ん‌ど‌い‌な‌い‌ん‌で‌す‌よ‌ 。‌

 

僕はモブキャラクターだと思うと人生楽になる

 ですから、他‌人‌の‌視‌線‌や‌評‌価‌を‌気‌に‌し‌す‌ぎ‌て‌生‌き‌る‌ことは‌も‌う‌や‌め‌ま‌せ‌ん‌か‌。 ‌

 ど‌う‌せ‌他人にとって自分はモ‌ブ‌キャ‌ラ‌クターな‌の‌だ‌し。‌ ‌

 そ‌う‌考‌え‌れ‌ば、‌もっ‌と‌自‌己‌満‌足‌の‌世‌界‌に‌浸っ‌て‌も‌い‌い‌ん‌で‌は‌な‌い‌か‌な‌と‌思‌う‌もです。

 他‌人‌の‌視‌線‌や‌評‌価‌な‌ん‌か‌気‌に‌す‌る‌こ‌と‌なく、自分は自分。自‌分‌の‌人‌生‌な‌ん‌だ‌か‌ら‌自‌分‌の‌価‌値‌観‌と‌い‌う‌も‌の‌を‌しっ‌か‌り‌守っ‌て‌たの‌し‌く‌生‌き‌れ‌ば‌い‌い‌ん‌じゃな‌い‌かっ‌て。‌ ‌

 僕‌は皆のモブ‌キャ‌ラ‌ク‌ター‌、そ‌う‌思‌う‌と‌肩‌の‌力‌が‌抜‌け‌て生き‌や‌す‌く‌な‌る‌と‌思‌い‌ま‌せ‌ん‌か。‌ ‌

 

Webライターのひとりごと 「雨の日が好きになった理由について」

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雨が好きな人は少ない

 雨が好きという人は意外と少ないですよね。

 あるアンケート結果だと、雨が好きな人は10%程。もうほとんどの人が雨は嫌いなのです。

 雨が嫌いな理由は様々、濡れる、選択が乾かない、歩きづらい、外に出るのが億劫など、いくらでもあげられます。

 以前の私も雨が嫌いな人に含まれていました。

 生かし今は、雨の日のたのしみができたのです。

 雨の日は同じ場所でも風景が変わるから、カメラを持って外に出たくなる。

 

雨は癒し効果があるのです

 以前から、雨には人を癒す効果があるということは知られていました。

 雨の日は空から落ちてくる水滴により世界をマイナスイオンで包み込むからです。

 また、不規則に響き渡る雨音は、ゆらぎの癒し効果もあるのだとか。

 確かに雨の日に散歩すると、心が落ち着き安らぐ気がしますよね。

 また、雨の日独特の匂いや肌に感じる空気の質感も心地よいし、それにもまして、普段見慣れた風景が大きく変わるところが大好きなのです。

 

雨の日の外出って

 雨の日に外出するとなると、ある程度濡れることは覚悟しなければならないし、傘をさすから片手が使えなくなる。それが理由で外出することが億劫になってします。

 でも、それが当たり前だと思ってしまえば、小雨位ならかえって楽しい散歩になるのです。

 知っていますか、ヨーロッパの人たちは小雨位なら傘をささない人が多い。それでいて全く普段通り活動している。服なんていずれ乾くから大丈夫さ、っていうのですよ。

 生まれた時からその感覚で生活しているから全然大丈夫、小雨程度では、彼らの感覚では「天気は雨」ではないのでしょうね。

 

雨の日は別世界

 さすがにヨーロッパの人々のようには僕は悟ることはできないけれど、小雨程度ならば濡れてもすぐ乾くような服を来て、バッグだけは防水使用のものを持ち、大事なカメラは濡れないように胸に抱いて外に出るのです。

 別世界をたのしむために。

 

 空。厚く覆った雲なのですが、小雨や雨が止むときの空はグラデーション豊かでとてもきれいに感じます。時より雲間から太陽光がさしたりしたらもう最高、レンブラント光線、別名天使の梯子はスピリチュアル的にはラッキーアイテム何ですよ。雨の上がる時というのは、ものすごいスピードで雲の形が変わって行くのですよ、これは見ていてとても面白い光景です。

 水溜り。そこにも美しいリフレクションの世界が。そこに映る風景は雨ならではの楽しい世界。都会の水溜りは、雨が止むとあっという間に消えてしまいますから雨が小雨になる時がチャンスです。雨粒の波紋と映し出される都会の風景。そこに街の光が反射すれば、もうファンタジーの世界ですよね。

 自然界では水滴も美しい風景を作り出してくれます。木々や草花の葉っぱの先に、今にもこぼれ落ちそうな透明な水滴、そこに映し出される世界を注意して覗き込むと、周りの世界が反転し湾曲して映っています。見飽きることのない不思議な世界なのですが、すぐに落ちてしまう。でも、また新しい水滴が出てくるから見飽きません。以前にこの風景を撮影しインスタグラムに投稿したら、「レックレスにしたい」とコメントをいただいたことがありました。まさに宝石以上の輝きです。

 

 雨が好きな人たちって、結構面倒くさがり屋やインドア派の人たちが多いと聞きましたが、アクティブに活動する人にとっても面白いといえるのではないでしょうか。

 私以上の理由で、雨が好きなカメラ好きは沢山います。

 都会では雨の日は意外とカラフルなのですよ。人々のさす傘の色が以前に比べて華やかになっている気がするのですが。それにネオンサインや車のライトも雨の日の方が鮮やかに見える。

 雨の日は、周りの世界が本当に「映える」光景に沢山出会えるのです。

 注意して見回せば、ほかにもたくさん雨の日ならではの風景がたくさん見つかります。

 だからでしょうか、雨が好きな人は感性豊かで風情があるともいわれます。カメラ好きには嬉しい評価ですよね。

 

雨の日に困ることが

 雨の日が好きになった理由と、雨の日が作り出す美しさについて書いてきましたが、一つだけ困ることが。

 気圧変化で体調が悪くなることです。

 雨の日は気圧が下がり、その影響で頭痛に悩む人も多くいらっしゃると聞きますが、私の場合も首や肩の痛みで悩んでいます。どうやら2年前の交通事故でむち打ち症になったことがその原因。

 それまでは何の影響もなかったのですが、雨が近づくと首や肩が敏感に反応するのです。

 その点が悩みです。

 

恵みの雨

「恵みの雨」という言葉があります。農作物のみならず、生活に使う水ということを考えれば、雨は不可欠なものなのですが、現代社会に生きる大半の人々にとって、雨の恵みを直接生活するうえで感じる機会は少なくなってきました。

 しかし、ストレスフルな現代社会にとって、雨は癒しをもたらしてくれることを考えれば、やはり「恵みの雨」と言えるのかもしれません。

 発想を少しだけ変えて、雨の日は濡れるのが当たり前、少しくらいの雨なら思い切って屋外に出てたのしんでみませんか?

 ほかにもたくさん楽しいことが見つかると思います。

Webライターのひとりごと「年齢って何だろう」

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年齢について考えるようになった

 常日頃、年齢について考えるようになってきました。

 何故でしょうか。

 もう若くないから?

 人生の折り返し地点をとっくに過ぎてしまい、残された人生を意識するようになったから?

 今までの人生、不完全燃焼で過ごしてきたから?

 とにかく意識し始めたんです。

 そこで、これを機会に年齢というものっていったい何なのだろうと考えてみました。

 

年齢って何なのだろう

 あなたは今いくつですか?

 そして今、何をやっていますか?

 これからのあなたの夢は?

 あなたの年齢によって、やっていること、これからの夢は変化しますよね。

 今の年齢だと、世間一般的にはこのようなことをしているのが普通だから、自分もこうでなければならない。

 とか、

 そろそろこうゆうことをするべき年齢だ。

 とか。

 サラリーマンだとしたら、課長などの管理職になる時期だ、家を建てる時期だ、等々。

 その大半は、自分が今いくつだからこうしなければならないという固定観念に縛られているのではないでしょうか。

 年齢って一体何なのでしょう?

 

年齢と言っても様々な種類が

 年齢にはたくさんの種類があります。

「肉体年齢」「運動年齢」「肌年齢」「血管年齢」「脳年齢」。

 これら生物学的に見て身体の老化に影響する年齢に関しては、年齢より若いといわれると嬉しいものです。

 半面、「精神年齢」「知能年齢」「性格年齢」といった、人間の内面的人格的な成長に関連するものに関しては、低いと逆に他人に比べ劣っていると感じて不安になったりもします。

 

年齢と行事

 日本では(海外でも)年齢によって様々な行事があります。

 生まれてすぐに、お七夜、お宮参り、お食い初め、初節句、七五三。

 昔からの、人々の新しい命が誕生した喜びと、健やかに育ってほしいという願いの大きさの表れだと言える行事ですね。

 そして成人式、大人の仲間入り。

 社会人として生活して行く家庭でも、結婚式、厄払い、そして長寿の祝い。

 人生という歴史を歩む過程で、節目節目で様々な行事を行うことで、人間としての使命感を認識するのですね。

 その節目節目の行事以外に、適齢期という言葉も存在します。

 もうそろそろ結婚する年齢を現す「結婚適齢期」がすぐに思いつきます。

 ほかにも「妊娠適齢期」「引退適齢期」。

 適齢期に〇〇をつけて、様々な適齢期が作られています。

 

年齢はどのように決められるのか

 この年齢を計る物差し、時間って何なのでしょう。

 人が生まれ、人生がスタートした日は戸籍によって記録されています。

 そして時間の基準となっているものは地球の自転と公転。これによって年齢を判断するわけですよね。

 私たちの年齢は、戸籍と地球の動きによって決められている。

 と言っても間違いではないでしょう。

 

年齢という固定観念

 その年齢、私たちは固定観念に縛られ過ぎているのではないかと思ってしまうのです。

 そのことを強く感じるのが、サラリーマンの定年。

 現在は日本人の健康寿命が伸びてきて、定年も伸びて場合によっては無くする動きも出ていますが、定年を意識し始めたシニアと言われる世代の人たちの口から

「もう歳だから」

「もう若くないんだよ」

 などという言葉が聞かれるようになってきます。

 

 ここでもう一度考えてみましょう。

 私たちは年齢という固定観念に縛られ過ぎている。

 確かに、年齢に関係する行事で、生まれてきた新しい命が健やかに育つのを願い、その姿を見て喜ぶことは大切なことだと思います。

 その後、自力で大地を踏みしめ人生を歩み始めたら、もう年齢は関係ないのではないでしょうか(私は年齢とキャリアは別物だと思います。年齢は生まれてからの時間、逆算すれば死ぬまでの残された時間。キャリアは生きてきた過程での様々な経験。キャリアは長く生きているからと言って沢山たまるものではなく、また短期間でためることも可能なもので、人によって大きく異なるものだと考えています。したがって全くの別物だと)。

 確かに歳を積み重ねていくに従い、肉体に関連する年齢に関しては、体に無理がきかなくなってきます。

 しかし、生物には個体差があり、寿命なんていうものは30~40年位の差は十分にあるのではないでしょうか。平均寿命というものがありますので、長く健康に活動して行くための指標としては肉体に関連する年齢は参考になる「数値」だと考えます。

 一方、人間には個性がある。一概にこの個性を歳相応と言われる観念に縛り付けて、無理やり平均的な世間一般的な人間の生活と比較するのはおかしいのではないかと思うのです。

「私は今いくつだ。だからこうすべきだ」

 とかね。

 

 最近の、その最たる例は老後のためにひつような貯蓄は2000万円という問題。

 多くのシニア世代はその金額に不安を抱いています。

 最近のネット記事にも、貯蓄や年金受給額の話題が頻繁にアップされ、日本国民の不安を煽り立てる。

 そうやってお金を儲けている人は儲けているのですよね。

 人間不安なことには敏感で、そのようなことは金儲けに直結するのです。

 これも、ある意味年齢という観念を利用されているわけです。

 

年齢の固定観念を捨てて自由になろう

 私、思うのですけど、老後とか、歳相応という年齢の固定観念を捨てませんか。

 年齢なんて意識することなく、いくつになってもやりたいことを見つけてチャレンジすればよい。そのためには年齢に対する様々な固定観念は邪魔ものです。

 そうすれば、年齢というものを意識した不安から解放されるのではないでしょうか。もっと自由になれるのではないでしょうか。

 自由人に「歳相応」「適齢期」「老後」「もう歳だから」「もう若くはない」という言葉は不要です。

 いくつになっても、その時点時点で年齢など意識することなく本当に自分のやりたいことをやって、自由に楽しく生きましょう。

 それだけで人生の不安は大部分解消できると思うのですが、いかがでしょうか。

Webライターのひとりごと「猫、癒しのペットについて考える」

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猫の人気について考えてみよう

 ペットとしての猫が人気です。

 2015年にはペットとして飼育されている猫の数が犬を猫が抜いて、ペット界の頂点に立ったという医療もあります。

 そんな猫の魅力って?

 やはり最大の魅力は私たち人間に猫が与えてくれる癒しの感覚ではないでしょうか。

 最近は、猫の肉球に癒されるという人も増えてきています。

 猫の肉球にたまらない魅力を感じちゃうんですね。

 でも、私たちはなぜ猫に、その肉球に魅力を感じちゃうのでしょうか。

 昨今の猫ブームと共に考えてみたいと思います。

 

癒し効果抜群の猫は「おこもり生活」のベストパートナー

 新型コロナウィルスの影響で、日本国内の企業にテレワークを導入する動きが加速しています。

 その影響で、自宅から出る機会も少なくなった人も大勢。

「おこもり」なんていう言葉で表現される一人環境下、人とのコミュニケーションはZOOMやSkypeなどを使ってオンラインで。

 でも、やはり直接会ってコミュニケーションを取りたいですよね。

 一人でいることに対してストレスを感じる人が増えてきていることも事実です。

 その寂しさを解決し、なおかつ癒しを求めてペットを飼う人が増えてきています。

 

 でも、なぜ猫?

「可愛いからに決まっている」

 それはそうですが、なぜ猫は可愛いいのでしょう。

 人間の赤ちゃんを連想させるからなのです。

 猫は犬に比較して、顔の作りが扁平で黒目が大きく、犬と違って種類による差もおおきくありません。

 それは人間の赤ちゃんを連想させるような顔のつくりなのです。

 赤ちゃんの顔は、人に保護感情を生み出させ、可愛いと思わせる働きがあるのです。

 猫を可愛いと思う感情は、われわれ人間のDNAに組み込まれているのですね。

 さらに、人はやわらかいものや温かいものに癒しを感じます。

 猫は、その毛並みがやわらかく体温も38度から39度と、抱っこすると程よい温かさ。

 人を癒してくれる要素を完璧に備えた、人間の最高のパートナーとなるべく要素を生まれながらにして持っているペットなのです。

 

 そして、たまらなく可愛いのが猫の肉球、そして猫の肉球に惹かれてしまうのは。

 猫の、他の動物の肉球と違って、猫、特に飼い猫の肉球はやわらかくてプニプニしているから。

 大型のネコ科のトラやライオン、また犬の肉球は硬くてざらざらしているのです。

 ただこれはあくまでも室内で飼われている猫の場合。

 屋外の猫の肉球は、黒く固いそうです。

 そもそも肉球の役目は、猫本来の野生の行動に関係しています。

 ・獲物を捕まえるときに、足音を消して忍び寄る。

 ・高いところから飛び降りた際のクッションの役目。

 ・滑り止め。

 ・ものを掴んだりしがみついたりする。

 ・そして、愛らしいしぐさにもあげられる、肉球をなめて湿らせ顔のお手入れをする。

 ですから、肉球を触られることを嫌う猫(に限らず犬も)は多いのです。おとなしく肉球を触らせてくれる猫は、相手を信頼しているのです。

 

猫を飼うために引っ越す人も

 そんな状況を反映して、ペット、特に猫と暮らせる賃貸物件がはやっているそうです。

 賃貸料金は通常の物件に比べて1割程割高なんだそうですが、テレワークの普及により都心よりも郊外に転居を考える人が増え、今まで住んでいた都心の賃貸住宅より家賃が安くなった分で猫と同居考える人も多いとか。

 この猫と暮らせる賃貸物件、空きが出るとすぐに埋まってしまうそうです。

 中の作りも、猫中心に考えられており、高いところに猫用通路や梯子、専用の扉。飼い主さんもどこからでも猫を見ることができる作りになっていたりもしているそうです。

 室内で猫が十分満足して安全に暮らせるよう至れり尽くせり。

 

猫は犬よりも飼いやすい

 最近は、犬や猫などのペットを室内で飼うことが多くなりました。特に都市部ではそうですよね。

 そんな時に気になるのが近隣との騒音問題。

 猫は外に出さなければ近隣に迷惑をかけることはほとんどありません。

 比べて犬の場合は、小型犬であってもその鳴き声は近隣に響き渡ります。声帯を切ってしまって買う人もいるようですが、それはちょっとね。

 そのようなことから猫の人気が上昇しているんだと思います。"

 

ペットと暮らすということは命に対しての責任が発生する

 猫は頭もよく、飼い主をしっかりと認識しますし、感情も伝えることができます。

 コミュニケーション不足になりがちなこのご時世に、まるで家族のような存在として飼い主を癒してくれるのです。

 このように、可愛さの全てを兼ね備え、人間を癒してくれる猫と生活することで、お一人様時代をストレスなく乗り切れることでしょう。

 が、心配な点が。

 昨今、野良猫の被害が数多く報道されるようになってきました。

 猫に限らず、飼いきれなくなって捨てられるペットが増えているのです。

 飼い猫の寿命は15年ほどといわれていますが、野良猫は2,3年。捨てられた命には過酷な運命が待っています。

 

 猫に限らずペットを飼う時に、今一度自分自身に自問してほしいのです。

 自分のひと時の感情、気晴らしのために命あるペットを連れてきて生活する必要はあるのか。

 連れてくるペットの命に対してしっかりとした責任が持てるのかを。

 ペットも私たち人間と同じ命を持った生き物なのです。その命に対して、人間の家族同様の責任を持って暮らす覚悟が必要なのです。

 無責任な飼い主に捨てられるペットたちの命の結末は、とても悲惨であることも十分に知っておく必要があるでしょう。

 

Webライターの独り言「Webライターになろう ー僕はWebライターに向いているか?ー」

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 2021年は僕にとって特別な年となりました。
 サラリーマン生活にピリオドを打ってフリーランスになったのです。
 フリーランスと言っても、未だに失業保険をもらっている身、収入0円、いわゆるプータローです。
 しかし、僕が目指すのはポートフォリオワーカー。
 副業ではなく複業で収入を得ることを目指すことにしたのです。

 そこで、手始めにWebライターに挑戦してみようと考えました。


 複数の仕事で収入をえるポートフォリオワーカー。
 リスクの分散と言えるかもしれませんが、自分の場合は、やりたいこと好きなことを一つに絞ることはなかなか難しく、それならば好きなこと全部やっちゃえ、その方が人生楽しいぞ、というのがポートフォリオワーカーを目指そうとした始まりでした。
 自分で考えているのは、文章を書くということと写真を撮るという2本立てで収入を得ることができたら人生最高だな、ということです。
 小説などの文章を書いて電子書籍で出版し、ストックフォトサイトで写真を販売する。
 もちろん活動してすぐに収入が得られるなんて、そんな甘いことは考えておりませんん。
 小説にしろ写真にしろまだまだ素人の段階だから、逆に収入を得ることができるまでには 相当勉強しなければならないし、果たして成功するかもわからない。
 しかし収入は欲しい。


 今世間では、副業が注目されています。
 実際、多くの人々がトライしているようですが、そのような中でもWebライターという言葉を頻繁に目にします。
 Webライターについて書かれた書籍も多数出版されており、簡単にできる副業の一つとして紹介している本やネット記事も沢山あります。
 文章を書くことが好きな僕としては、手っ取り早く好きなことで収入を得ることができるのなら、やってみる価値は十分あるのではないかと考えたのです。
 僕の文章を書くレベルはともかくとして、簡単にWebライターになって集乳を得られることができるのなら、この職業、書くことが好きな自分には向いているのではないかと。


 本当に誰でもWebライターになって収入を得ることは可能なのでしょうか。だとしたら、こんなに自分にとって都合のよい仕事はありません。
 早速調べてみました。
 誰でも簡単にWebライターになって収入を得られそうなことを書いている書籍を読みまくりました。
 本を読んで考え、自分なりに結論を出して見ましたので興味のある方はお読み願います。


 僕の結果は、Webライターという職業は人によって向き不向きがはっきり出るのではないか。またそれなりに収入を得ることはそう簡単ではない仕事である、ということでした。


 確かに初期投資は少なくてすみます。パソコンかスマホがあればよい。
 しかし、僕が簡単ではないと結論付けた理由とは。


①金銭的な初期投資は少なくて済むが、Webライターとしてデビューするための下準備にかなりの時間が必要。
 誰でも今日からWebライターになりますと宣言して、すぐに仕事をスタートさせ、収入を得られるわけではありません。
 必要最低限、クライアントが要求することを、わかりやすい簡潔な文章で書くことができるスキルは持ち合わせていなければなりません。
 様々な書籍には、Webライターとして文章を書くために用意されたテンプレートが記載されており、これに当てはめれば誰でもそれなりの文章を書くことができると書いて  ありますが、そんなに簡単に行くのでしょうか。
 読みやすい文章というのは、文法的にもしっかりと組み立てられていなければならないし、単語力も必要になってきます。
 わかりやすく文章を書くためにはそれなりの理解力も要求されるでしょう。テンプレートを使って記事を書いても、小学生の作文のようではお金になりません。
やはりそれなりの表現力は必要です。
 文章を書く実力と持久力を身に着けることは必要とみました。


②継続して文章を書ける力が必要。
 ①で文章を各持久力が必要と書きました。
 Webライターは、平均して一つ3,000字程の記事を書いて納品するそうです。
 仮に1文字1円とした場合、1か月に5万円の収入を得たいとするならば、50,000文字、15以上の記事を書かなければならなりません。
 コンスタントにこの量の記事を書き続けて行く自身があるか、自分でよく考えてみる必要があるでしょう。文章を書くという行為は、意外とエネルギーと集中力、持久力が必要です。
 僕は、この仕事は基本的に文章を書くことが好きでなければ続けられる仕事ではないと思います。
 そうでなければこれだけの文字数を書き続けられないでもではないでしょうか。
 しかも、内容を自由に書けるわけではないので、それなりにストレスはかかる仕事と予想されます。


③収入が発生するためにはそれなりの時間が必要。
 書くことが好きで、あるレベルの文章を書くことができたとしても、前準備は必要です。
 自己ピーアルのためにブログを作成し、いくつかの記事を乗せクライアントへの宣伝材料とするための準備は必要となるようです。
 また、Webライターとして活動を始めたとしても、最初から仕事を頂けるクライアントを確保することは難しく、地道に安い単価の仕事を受けて実績を作る期間も必要となってきます。
 始めた月から5万円もの収入を得ることは、まれな例ではないのでしょうか。


④常に勉強、書いて書いて書きまくる。
 これはあくまでも僕の意見なのですが、文章を書くということは、その行為自体が好きでも常に視野を広げるための勉強が要求されるものだと考えています。そのためには時代の流れに敏感でなければならないし、読書することも欠かせません。
 常に勉強することが必要なのです。
 そして、簡単にWebライターになれると書いてある本ほとんど全が、やらなければならないこととして「書いて書いて書きまくること」とアドバイスしています。
 書いて書いて書きまくるんですよ、好きじゃなければできません。

 ものを書くことが好き、本が好きな人にとってはWebライターになるための初期のハードルは低いでしょうが、そうではない人は初期のハードルがめちゃくちゃ高い職業ではないのでしょうか。


 僕は、技術力は別として基本的に文章を書くことが大好きです。
 毎日日記めいた雑文を手書きで書いているし、ブログも何回か立ち上げた経験もあります。
 毎日2、3時間文章を書くという行為自体は別に苦にはならない。
 このような人にとっては、Webライターになり収入を得るというのは比較的向いているのではないでしょうか。ただし、収入のレベルは抜きにしてですよ。
 そうではなく、副業として簡単に収入を得たいと考えているならば、難しい職種だと思います。


 この文章は、僕がまだWebライターとして活動する前の、調査段階で書いている文章です。
 実際に活動してみれば、これとは全く異なる事態に直面したりして、考え方が大きく変わることも予想されます。
 その点につきましては、また順次報告させていただければと考えています。
 Webライターとしての書くという仕事は、今までの自分の書きたいことだけを、自己満足の世界で書いていたこととは違う世界なのですから。
 実際に活動してみたら、
 クライアントの要求に答えられずに挫折するかもしれません。
 自分の文才のなさに愕然とする日が来るかもしれません。
 自分の感性が乏しいために、全く記事が書けないことになるかもしれません。
 何より、全然収入を得られない可能性だってあるのです。
 しかし、ポートフォリオワーカーを目指しスタートした僕の、初期の収入の柱としてトライしてみようと決心したのです。


 さぁ、どうなることやら。


最後に
 この記事の長さは3000字を少し超える位です。
 調査時間を除いて120分ほどで書き上げました。
 活躍されているWebライターの方々は、3000字程の記事1つ書き上げるのに、調査も含めて2~3時間ほどだそうです。
 お題はクライアントから決められているので、そのことを考えるとかなりのスピードです。
 調査と実際のライティングの時間比率はおおよそ8対2。
 調査にしたって、闇雲に調べるわけにはいきませんので、それなりの勘所というのはあるのでしょう。
 そのためには日頃からの情報収集も必要となります。

 私にとってWebライターという職業は???