創作の森に迷い込んだカエルの話

写真家、小説家などの創作活動にあこがれるカエルが、ふとしたきっかけで富士山の麓にある創作の森に迷い込んでしまったお話

Webライターのひとりごと 「雨の日が好きになった理由について」

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雨が好きな人は少ない

 雨が好きという人は意外と少ないですよね。

 あるアンケート結果だと、雨が好きな人は10%程。もうほとんどの人が雨は嫌いなのです。

 雨が嫌いな理由は様々、濡れる、選択が乾かない、歩きづらい、外に出るのが億劫など、いくらでもあげられます。

 以前の私も雨が嫌いな人に含まれていました。

 生かし今は、雨の日のたのしみができたのです。

 雨の日は同じ場所でも風景が変わるから、カメラを持って外に出たくなる。

 

雨は癒し効果があるのです

 以前から、雨には人を癒す効果があるということは知られていました。

 雨の日は空から落ちてくる水滴により世界をマイナスイオンで包み込むからです。

 また、不規則に響き渡る雨音は、ゆらぎの癒し効果もあるのだとか。

 確かに雨の日に散歩すると、心が落ち着き安らぐ気がしますよね。

 また、雨の日独特の匂いや肌に感じる空気の質感も心地よいし、それにもまして、普段見慣れた風景が大きく変わるところが大好きなのです。

 

雨の日の外出って

 雨の日に外出するとなると、ある程度濡れることは覚悟しなければならないし、傘をさすから片手が使えなくなる。それが理由で外出することが億劫になってします。

 でも、それが当たり前だと思ってしまえば、小雨位ならかえって楽しい散歩になるのです。

 知っていますか、ヨーロッパの人たちは小雨位なら傘をささない人が多い。それでいて全く普段通り活動している。服なんていずれ乾くから大丈夫さ、っていうのですよ。

 生まれた時からその感覚で生活しているから全然大丈夫、小雨程度では、彼らの感覚では「天気は雨」ではないのでしょうね。

 

雨の日は別世界

 さすがにヨーロッパの人々のようには僕は悟ることはできないけれど、小雨程度ならば濡れてもすぐ乾くような服を来て、バッグだけは防水使用のものを持ち、大事なカメラは濡れないように胸に抱いて外に出るのです。

 別世界をたのしむために。

 

 空。厚く覆った雲なのですが、小雨や雨が止むときの空はグラデーション豊かでとてもきれいに感じます。時より雲間から太陽光がさしたりしたらもう最高、レンブラント光線、別名天使の梯子はスピリチュアル的にはラッキーアイテム何ですよ。雨の上がる時というのは、ものすごいスピードで雲の形が変わって行くのですよ、これは見ていてとても面白い光景です。

 水溜り。そこにも美しいリフレクションの世界が。そこに映る風景は雨ならではの楽しい世界。都会の水溜りは、雨が止むとあっという間に消えてしまいますから雨が小雨になる時がチャンスです。雨粒の波紋と映し出される都会の風景。そこに街の光が反射すれば、もうファンタジーの世界ですよね。

 自然界では水滴も美しい風景を作り出してくれます。木々や草花の葉っぱの先に、今にもこぼれ落ちそうな透明な水滴、そこに映し出される世界を注意して覗き込むと、周りの世界が反転し湾曲して映っています。見飽きることのない不思議な世界なのですが、すぐに落ちてしまう。でも、また新しい水滴が出てくるから見飽きません。以前にこの風景を撮影しインスタグラムに投稿したら、「レックレスにしたい」とコメントをいただいたことがありました。まさに宝石以上の輝きです。

 

 雨が好きな人たちって、結構面倒くさがり屋やインドア派の人たちが多いと聞きましたが、アクティブに活動する人にとっても面白いといえるのではないでしょうか。

 私以上の理由で、雨が好きなカメラ好きは沢山います。

 都会では雨の日は意外とカラフルなのですよ。人々のさす傘の色が以前に比べて華やかになっている気がするのですが。それにネオンサインや車のライトも雨の日の方が鮮やかに見える。

 雨の日は、周りの世界が本当に「映える」光景に沢山出会えるのです。

 注意して見回せば、ほかにもたくさん雨の日ならではの風景がたくさん見つかります。

 だからでしょうか、雨が好きな人は感性豊かで風情があるともいわれます。カメラ好きには嬉しい評価ですよね。

 

雨の日に困ることが

 雨の日が好きになった理由と、雨の日が作り出す美しさについて書いてきましたが、一つだけ困ることが。

 気圧変化で体調が悪くなることです。

 雨の日は気圧が下がり、その影響で頭痛に悩む人も多くいらっしゃると聞きますが、私の場合も首や肩の痛みで悩んでいます。どうやら2年前の交通事故でむち打ち症になったことがその原因。

 それまでは何の影響もなかったのですが、雨が近づくと首や肩が敏感に反応するのです。

 その点が悩みです。

 

恵みの雨

「恵みの雨」という言葉があります。農作物のみならず、生活に使う水ということを考えれば、雨は不可欠なものなのですが、現代社会に生きる大半の人々にとって、雨の恵みを直接生活するうえで感じる機会は少なくなってきました。

 しかし、ストレスフルな現代社会にとって、雨は癒しをもたらしてくれることを考えれば、やはり「恵みの雨」と言えるのかもしれません。

 発想を少しだけ変えて、雨の日は濡れるのが当たり前、少しくらいの雨なら思い切って屋外に出てたのしんでみませんか?

 ほかにもたくさん楽しいことが見つかると思います。

Webライターのひとりごと「年齢って何だろう」

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年齢について考えるようになった

 常日頃、年齢について考えるようになってきました。

 何故でしょうか。

 もう若くないから?

 人生の折り返し地点をとっくに過ぎてしまい、残された人生を意識するようになったから?

 今までの人生、不完全燃焼で過ごしてきたから?

 とにかく意識し始めたんです。

 そこで、これを機会に年齢というものっていったい何なのだろうと考えてみました。

 

年齢って何なのだろう

 あなたは今いくつですか?

 そして今、何をやっていますか?

 これからのあなたの夢は?

 あなたの年齢によって、やっていること、これからの夢は変化しますよね。

 今の年齢だと、世間一般的にはこのようなことをしているのが普通だから、自分もこうでなければならない。

 とか、

 そろそろこうゆうことをするべき年齢だ。

 とか。

 サラリーマンだとしたら、課長などの管理職になる時期だ、家を建てる時期だ、等々。

 その大半は、自分が今いくつだからこうしなければならないという固定観念に縛られているのではないでしょうか。

 年齢って一体何なのでしょう?

 

年齢と言っても様々な種類が

 年齢にはたくさんの種類があります。

「肉体年齢」「運動年齢」「肌年齢」「血管年齢」「脳年齢」。

 これら生物学的に見て身体の老化に影響する年齢に関しては、年齢より若いといわれると嬉しいものです。

 半面、「精神年齢」「知能年齢」「性格年齢」といった、人間の内面的人格的な成長に関連するものに関しては、低いと逆に他人に比べ劣っていると感じて不安になったりもします。

 

年齢と行事

 日本では(海外でも)年齢によって様々な行事があります。

 生まれてすぐに、お七夜、お宮参り、お食い初め、初節句、七五三。

 昔からの、人々の新しい命が誕生した喜びと、健やかに育ってほしいという願いの大きさの表れだと言える行事ですね。

 そして成人式、大人の仲間入り。

 社会人として生活して行く家庭でも、結婚式、厄払い、そして長寿の祝い。

 人生という歴史を歩む過程で、節目節目で様々な行事を行うことで、人間としての使命感を認識するのですね。

 その節目節目の行事以外に、適齢期という言葉も存在します。

 もうそろそろ結婚する年齢を現す「結婚適齢期」がすぐに思いつきます。

 ほかにも「妊娠適齢期」「引退適齢期」。

 適齢期に〇〇をつけて、様々な適齢期が作られています。

 

年齢はどのように決められるのか

 この年齢を計る物差し、時間って何なのでしょう。

 人が生まれ、人生がスタートした日は戸籍によって記録されています。

 そして時間の基準となっているものは地球の自転と公転。これによって年齢を判断するわけですよね。

 私たちの年齢は、戸籍と地球の動きによって決められている。

 と言っても間違いではないでしょう。

 

年齢という固定観念

 その年齢、私たちは固定観念に縛られ過ぎているのではないかと思ってしまうのです。

 そのことを強く感じるのが、サラリーマンの定年。

 現在は日本人の健康寿命が伸びてきて、定年も伸びて場合によっては無くする動きも出ていますが、定年を意識し始めたシニアと言われる世代の人たちの口から

「もう歳だから」

「もう若くないんだよ」

 などという言葉が聞かれるようになってきます。

 

 ここでもう一度考えてみましょう。

 私たちは年齢という固定観念に縛られ過ぎている。

 確かに、年齢に関係する行事で、生まれてきた新しい命が健やかに育つのを願い、その姿を見て喜ぶことは大切なことだと思います。

 その後、自力で大地を踏みしめ人生を歩み始めたら、もう年齢は関係ないのではないでしょうか(私は年齢とキャリアは別物だと思います。年齢は生まれてからの時間、逆算すれば死ぬまでの残された時間。キャリアは生きてきた過程での様々な経験。キャリアは長く生きているからと言って沢山たまるものではなく、また短期間でためることも可能なもので、人によって大きく異なるものだと考えています。したがって全くの別物だと)。

 確かに歳を積み重ねていくに従い、肉体に関連する年齢に関しては、体に無理がきかなくなってきます。

 しかし、生物には個体差があり、寿命なんていうものは30~40年位の差は十分にあるのではないでしょうか。平均寿命というものがありますので、長く健康に活動して行くための指標としては肉体に関連する年齢は参考になる「数値」だと考えます。

 一方、人間には個性がある。一概にこの個性を歳相応と言われる観念に縛り付けて、無理やり平均的な世間一般的な人間の生活と比較するのはおかしいのではないかと思うのです。

「私は今いくつだ。だからこうすべきだ」

 とかね。

 

 最近の、その最たる例は老後のためにひつような貯蓄は2000万円という問題。

 多くのシニア世代はその金額に不安を抱いています。

 最近のネット記事にも、貯蓄や年金受給額の話題が頻繁にアップされ、日本国民の不安を煽り立てる。

 そうやってお金を儲けている人は儲けているのですよね。

 人間不安なことには敏感で、そのようなことは金儲けに直結するのです。

 これも、ある意味年齢という観念を利用されているわけです。

 

年齢の固定観念を捨てて自由になろう

 私、思うのですけど、老後とか、歳相応という年齢の固定観念を捨てませんか。

 年齢なんて意識することなく、いくつになってもやりたいことを見つけてチャレンジすればよい。そのためには年齢に対する様々な固定観念は邪魔ものです。

 そうすれば、年齢というものを意識した不安から解放されるのではないでしょうか。もっと自由になれるのではないでしょうか。

 自由人に「歳相応」「適齢期」「老後」「もう歳だから」「もう若くはない」という言葉は不要です。

 いくつになっても、その時点時点で年齢など意識することなく本当に自分のやりたいことをやって、自由に楽しく生きましょう。

 それだけで人生の不安は大部分解消できると思うのですが、いかがでしょうか。

Webライターのひとりごと「猫、癒しのペットについて考える」

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猫の人気について考えてみよう

 ペットとしての猫が人気です。

 2015年にはペットとして飼育されている猫の数が犬を猫が抜いて、ペット界の頂点に立ったという医療もあります。

 そんな猫の魅力って?

 やはり最大の魅力は私たち人間に猫が与えてくれる癒しの感覚ではないでしょうか。

 最近は、猫の肉球に癒されるという人も増えてきています。

 猫の肉球にたまらない魅力を感じちゃうんですね。

 でも、私たちはなぜ猫に、その肉球に魅力を感じちゃうのでしょうか。

 昨今の猫ブームと共に考えてみたいと思います。

 

癒し効果抜群の猫は「おこもり生活」のベストパートナー

 新型コロナウィルスの影響で、日本国内の企業にテレワークを導入する動きが加速しています。

 その影響で、自宅から出る機会も少なくなった人も大勢。

「おこもり」なんていう言葉で表現される一人環境下、人とのコミュニケーションはZOOMやSkypeなどを使ってオンラインで。

 でも、やはり直接会ってコミュニケーションを取りたいですよね。

 一人でいることに対してストレスを感じる人が増えてきていることも事実です。

 その寂しさを解決し、なおかつ癒しを求めてペットを飼う人が増えてきています。

 

 でも、なぜ猫?

「可愛いからに決まっている」

 それはそうですが、なぜ猫は可愛いいのでしょう。

 人間の赤ちゃんを連想させるからなのです。

 猫は犬に比較して、顔の作りが扁平で黒目が大きく、犬と違って種類による差もおおきくありません。

 それは人間の赤ちゃんを連想させるような顔のつくりなのです。

 赤ちゃんの顔は、人に保護感情を生み出させ、可愛いと思わせる働きがあるのです。

 猫を可愛いと思う感情は、われわれ人間のDNAに組み込まれているのですね。

 さらに、人はやわらかいものや温かいものに癒しを感じます。

 猫は、その毛並みがやわらかく体温も38度から39度と、抱っこすると程よい温かさ。

 人を癒してくれる要素を完璧に備えた、人間の最高のパートナーとなるべく要素を生まれながらにして持っているペットなのです。

 

 そして、たまらなく可愛いのが猫の肉球、そして猫の肉球に惹かれてしまうのは。

 猫の、他の動物の肉球と違って、猫、特に飼い猫の肉球はやわらかくてプニプニしているから。

 大型のネコ科のトラやライオン、また犬の肉球は硬くてざらざらしているのです。

 ただこれはあくまでも室内で飼われている猫の場合。

 屋外の猫の肉球は、黒く固いそうです。

 そもそも肉球の役目は、猫本来の野生の行動に関係しています。

 ・獲物を捕まえるときに、足音を消して忍び寄る。

 ・高いところから飛び降りた際のクッションの役目。

 ・滑り止め。

 ・ものを掴んだりしがみついたりする。

 ・そして、愛らしいしぐさにもあげられる、肉球をなめて湿らせ顔のお手入れをする。

 ですから、肉球を触られることを嫌う猫(に限らず犬も)は多いのです。おとなしく肉球を触らせてくれる猫は、相手を信頼しているのです。

 

猫を飼うために引っ越す人も

 そんな状況を反映して、ペット、特に猫と暮らせる賃貸物件がはやっているそうです。

 賃貸料金は通常の物件に比べて1割程割高なんだそうですが、テレワークの普及により都心よりも郊外に転居を考える人が増え、今まで住んでいた都心の賃貸住宅より家賃が安くなった分で猫と同居考える人も多いとか。

 この猫と暮らせる賃貸物件、空きが出るとすぐに埋まってしまうそうです。

 中の作りも、猫中心に考えられており、高いところに猫用通路や梯子、専用の扉。飼い主さんもどこからでも猫を見ることができる作りになっていたりもしているそうです。

 室内で猫が十分満足して安全に暮らせるよう至れり尽くせり。

 

猫は犬よりも飼いやすい

 最近は、犬や猫などのペットを室内で飼うことが多くなりました。特に都市部ではそうですよね。

 そんな時に気になるのが近隣との騒音問題。

 猫は外に出さなければ近隣に迷惑をかけることはほとんどありません。

 比べて犬の場合は、小型犬であってもその鳴き声は近隣に響き渡ります。声帯を切ってしまって買う人もいるようですが、それはちょっとね。

 そのようなことから猫の人気が上昇しているんだと思います。"

 

ペットと暮らすということは命に対しての責任が発生する

 猫は頭もよく、飼い主をしっかりと認識しますし、感情も伝えることができます。

 コミュニケーション不足になりがちなこのご時世に、まるで家族のような存在として飼い主を癒してくれるのです。

 このように、可愛さの全てを兼ね備え、人間を癒してくれる猫と生活することで、お一人様時代をストレスなく乗り切れることでしょう。

 が、心配な点が。

 昨今、野良猫の被害が数多く報道されるようになってきました。

 猫に限らず、飼いきれなくなって捨てられるペットが増えているのです。

 飼い猫の寿命は15年ほどといわれていますが、野良猫は2,3年。捨てられた命には過酷な運命が待っています。

 

 猫に限らずペットを飼う時に、今一度自分自身に自問してほしいのです。

 自分のひと時の感情、気晴らしのために命あるペットを連れてきて生活する必要はあるのか。

 連れてくるペットの命に対してしっかりとした責任が持てるのかを。

 ペットも私たち人間と同じ命を持った生き物なのです。その命に対して、人間の家族同様の責任を持って暮らす覚悟が必要なのです。

 無責任な飼い主に捨てられるペットたちの命の結末は、とても悲惨であることも十分に知っておく必要があるでしょう。

 

Webライターの独り言「Webライターになろう ー僕はWebライターに向いているか?ー」

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 2021年は僕にとって特別な年となりました。
 サラリーマン生活にピリオドを打ってフリーランスになったのです。
 フリーランスと言っても、未だに失業保険をもらっている身、収入0円、いわゆるプータローです。
 しかし、僕が目指すのはポートフォリオワーカー。
 副業ではなく複業で収入を得ることを目指すことにしたのです。

 そこで、手始めにWebライターに挑戦してみようと考えました。


 複数の仕事で収入をえるポートフォリオワーカー。
 リスクの分散と言えるかもしれませんが、自分の場合は、やりたいこと好きなことを一つに絞ることはなかなか難しく、それならば好きなこと全部やっちゃえ、その方が人生楽しいぞ、というのがポートフォリオワーカーを目指そうとした始まりでした。
 自分で考えているのは、文章を書くということと写真を撮るという2本立てで収入を得ることができたら人生最高だな、ということです。
 小説などの文章を書いて電子書籍で出版し、ストックフォトサイトで写真を販売する。
 もちろん活動してすぐに収入が得られるなんて、そんな甘いことは考えておりませんん。
 小説にしろ写真にしろまだまだ素人の段階だから、逆に収入を得ることができるまでには 相当勉強しなければならないし、果たして成功するかもわからない。
 しかし収入は欲しい。


 今世間では、副業が注目されています。
 実際、多くの人々がトライしているようですが、そのような中でもWebライターという言葉を頻繁に目にします。
 Webライターについて書かれた書籍も多数出版されており、簡単にできる副業の一つとして紹介している本やネット記事も沢山あります。
 文章を書くことが好きな僕としては、手っ取り早く好きなことで収入を得ることができるのなら、やってみる価値は十分あるのではないかと考えたのです。
 僕の文章を書くレベルはともかくとして、簡単にWebライターになって集乳を得られることができるのなら、この職業、書くことが好きな自分には向いているのではないかと。


 本当に誰でもWebライターになって収入を得ることは可能なのでしょうか。だとしたら、こんなに自分にとって都合のよい仕事はありません。
 早速調べてみました。
 誰でも簡単にWebライターになって収入を得られそうなことを書いている書籍を読みまくりました。
 本を読んで考え、自分なりに結論を出して見ましたので興味のある方はお読み願います。


 僕の結果は、Webライターという職業は人によって向き不向きがはっきり出るのではないか。またそれなりに収入を得ることはそう簡単ではない仕事である、ということでした。


 確かに初期投資は少なくてすみます。パソコンかスマホがあればよい。
 しかし、僕が簡単ではないと結論付けた理由とは。


①金銭的な初期投資は少なくて済むが、Webライターとしてデビューするための下準備にかなりの時間が必要。
 誰でも今日からWebライターになりますと宣言して、すぐに仕事をスタートさせ、収入を得られるわけではありません。
 必要最低限、クライアントが要求することを、わかりやすい簡潔な文章で書くことができるスキルは持ち合わせていなければなりません。
 様々な書籍には、Webライターとして文章を書くために用意されたテンプレートが記載されており、これに当てはめれば誰でもそれなりの文章を書くことができると書いて  ありますが、そんなに簡単に行くのでしょうか。
 読みやすい文章というのは、文法的にもしっかりと組み立てられていなければならないし、単語力も必要になってきます。
 わかりやすく文章を書くためにはそれなりの理解力も要求されるでしょう。テンプレートを使って記事を書いても、小学生の作文のようではお金になりません。
やはりそれなりの表現力は必要です。
 文章を書く実力と持久力を身に着けることは必要とみました。


②継続して文章を書ける力が必要。
 ①で文章を各持久力が必要と書きました。
 Webライターは、平均して一つ3,000字程の記事を書いて納品するそうです。
 仮に1文字1円とした場合、1か月に5万円の収入を得たいとするならば、50,000文字、15以上の記事を書かなければならなりません。
 コンスタントにこの量の記事を書き続けて行く自身があるか、自分でよく考えてみる必要があるでしょう。文章を書くという行為は、意外とエネルギーと集中力、持久力が必要です。
 僕は、この仕事は基本的に文章を書くことが好きでなければ続けられる仕事ではないと思います。
 そうでなければこれだけの文字数を書き続けられないでもではないでしょうか。
 しかも、内容を自由に書けるわけではないので、それなりにストレスはかかる仕事と予想されます。


③収入が発生するためにはそれなりの時間が必要。
 書くことが好きで、あるレベルの文章を書くことができたとしても、前準備は必要です。
 自己ピーアルのためにブログを作成し、いくつかの記事を乗せクライアントへの宣伝材料とするための準備は必要となるようです。
 また、Webライターとして活動を始めたとしても、最初から仕事を頂けるクライアントを確保することは難しく、地道に安い単価の仕事を受けて実績を作る期間も必要となってきます。
 始めた月から5万円もの収入を得ることは、まれな例ではないのでしょうか。


④常に勉強、書いて書いて書きまくる。
 これはあくまでも僕の意見なのですが、文章を書くということは、その行為自体が好きでも常に視野を広げるための勉強が要求されるものだと考えています。そのためには時代の流れに敏感でなければならないし、読書することも欠かせません。
 常に勉強することが必要なのです。
 そして、簡単にWebライターになれると書いてある本ほとんど全が、やらなければならないこととして「書いて書いて書きまくること」とアドバイスしています。
 書いて書いて書きまくるんですよ、好きじゃなければできません。

 ものを書くことが好き、本が好きな人にとってはWebライターになるための初期のハードルは低いでしょうが、そうではない人は初期のハードルがめちゃくちゃ高い職業ではないのでしょうか。


 僕は、技術力は別として基本的に文章を書くことが大好きです。
 毎日日記めいた雑文を手書きで書いているし、ブログも何回か立ち上げた経験もあります。
 毎日2、3時間文章を書くという行為自体は別に苦にはならない。
 このような人にとっては、Webライターになり収入を得るというのは比較的向いているのではないでしょうか。ただし、収入のレベルは抜きにしてですよ。
 そうではなく、副業として簡単に収入を得たいと考えているならば、難しい職種だと思います。


 この文章は、僕がまだWebライターとして活動する前の、調査段階で書いている文章です。
 実際に活動してみれば、これとは全く異なる事態に直面したりして、考え方が大きく変わることも予想されます。
 その点につきましては、また順次報告させていただければと考えています。
 Webライターとしての書くという仕事は、今までの自分の書きたいことだけを、自己満足の世界で書いていたこととは違う世界なのですから。
 実際に活動してみたら、
 クライアントの要求に答えられずに挫折するかもしれません。
 自分の文才のなさに愕然とする日が来るかもしれません。
 自分の感性が乏しいために、全く記事が書けないことになるかもしれません。
 何より、全然収入を得られない可能性だってあるのです。
 しかし、ポートフォリオワーカーを目指しスタートした僕の、初期の収入の柱としてトライしてみようと決心したのです。


 さぁ、どうなることやら。


最後に
 この記事の長さは3000字を少し超える位です。
 調査時間を除いて120分ほどで書き上げました。
 活躍されているWebライターの方々は、3000字程の記事1つ書き上げるのに、調査も含めて2~3時間ほどだそうです。
 お題はクライアントから決められているので、そのことを考えるとかなりのスピードです。
 調査と実際のライティングの時間比率はおおよそ8対2。
 調査にしたって、闇雲に調べるわけにはいきませんので、それなりの勘所というのはあるのでしょう。
 そのためには日頃からの情報収集も必要となります。

 私にとってWebライターという職業は???

 

ショートショート「黒猫と僕の不思議な関係」(リライトしました)

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「ついていないなぁ」「運が悪いよ」なんて、その場の出来事だけで判断しちゃいけないよ。
 自分の身に降りかかった出来事を、その時点の点だけで判断しちゃいけないのさ。点はいくつも限りなくあってそれが続いて線のようにつなり人生というものを作り出しているんだ。その中の一点での不運は、連続して線になったときに実は幸運の始まりだったっていうこともあるからね。
 だから「ついてない」「運が悪い」なんていうネガティブな言葉は口に出しちゃいけないんだよ。
 僕の幸運は、一見不運な出来事の連続から始まったからね。
 聞いてくれるかい、僕の話を。

 事の始まりは僕が35歳の1月の寒い土曜日の夕方だった。

 当時の僕は、彼女いない歴35年、失恋連敗記録はもう数えるのが嫌になるくらいの回数で、恋愛なんて事は僕の人生において起こることなんかもうないとあきらめていたんだ。
 休日は一人暮らしのマンションで、レンタルしてきた映画を見るか本を読むか。アクティブという言葉とは程遠い週末をいつも過ごしていた。
 そんな僕が15年間休まず続けていることが一つだけあった。ロト6、自分で好きな番号を6個選ぶ宝くじを、同じ番号でずっと買い続けていたんだ。僕の買い続けている番号はもちろん外れ続けていたけど、ごくたまに1000円当たることはあったね。
 その日は駅前の宝くじ販売所にロト6を買いに行く日だった。
 いつもの通り、スニーカーを履き部屋を出た。
 そして、通り道を歩いている時に事故は起こったんだ。

 宝くじ販売所の手前約100メートル地点に動物病院があって、ちょうどそこの前を歩いているときだった。
「あっ!」
 僕は大声を上げた。
 黒猫が道路に飛び出してきたんだ。
 黒猫は、目の前に迫ってきた大型トラックを見て驚いたのか車道の真ん中で動きを止めてしまった。大型トラックはブレーキを掛けることもなくエンジン音を響かせて猫の上を走り過ぎる。その後僕は、路上に悲惨な光景を見ることだろうと覚悟した。
 が、予想に反して、黒猫は道路の中央に無傷でうずくまっていた。大型トラックの車体の下を幸運にも通り抜けたらしい。
 しかし、恐怖から腰が抜けてしまったのかそこから動こうとしない。このままでは危険だ。次の車が通る前に助け出さねば。
 無意識に僕の体は反応し黒猫に向かってダッシュ、抱きかかえるとターンして歩道に駆け戻った。
 その時だ。ブチッと右足首が嫌な音を立て、激痛が走った。
「うっ」
 僕はうめき声をあげながら、ラグビー選手がトライでもするように黒猫を胸に大切に抱きかかえながら歩道に転がった。
 猛烈な痛みで目がかすんで立ち上がることができない。ラグビーの試合ならヤカンに入った水を持ってマネージャーが駆け付ける場面なのだろうが、やってきたのは・・・。

「大丈夫ですか?」
 目を開けると、若い女性が僕の顔を覗き込んでいる。
 美人だ。目を開けた瞬間に思った。
 が、それも一瞬ですぐに猛烈な足首の痛みが僕を襲った。猛烈に痛い。
「足が痛い、立てない・・・」
 彼女は僕の胸に抱かれていた黒猫を抱き上げると、
「救急車呼びますね」
 と言って動物病院に駆け込んで行った。

 その後、僕は運び込まれた病院でアキレス腱断裂と診断されそのまま入院。普段全く運動などしていなかったから、急な動作に体が付いていかなかったのだろう。日頃の不摂生がたたったというやつだね。
 僕が助け出した黒猫はというと、救急車を呼んでくれた彼女に後から聞いた話によると、僕が引き取りに来るまでの間、動物病院で面倒を見てくれるように彼女に頼んだということだったが、これについては僕の記憶が全くない。

 1週間後、ギプスで足を固定された僕が退院してマンションに戻った翌日に、さっそく僕が助けた黒猫がやってきた。
 チャイムが鳴り確認すると、荷物を沢山抱えた女性が立っている。玄関を開けるとそれは救急車を呼んでくれた美人の彼女だった。沢山の荷物にペットキャリーバッグ、中には黒猫が。
 黒猫はキャリーバッグから飛び出ると、まるで我が家に帰ってきたとでもいうように、部屋に入り込み僕のベッドの上で丸くなった。
 呆然としている僕に彼女は
「退院良かったですね、お約束通り黒猫君をお届けに参りましたよ。猫は今現在飼っていないとお聞きしておりましたので、必要最低限のグッズも取り揃えて持ってきました。そしてこれが今回の請求書です」
 確認すると、驚くような金額だ。
「そんなこと、僕が頼みましたか」
 と尋ねると、
「私、あなたが救急車に乗る前に聞いたじゃないですか。猫君どうするのって。そしたら頼むっておっしゃいましたよね」
「確かに頼むといったような」
「ほら言ったでしょ、そのあとあなたのマンションの事ネットで調べたら、猫君や小型犬を飼うことは問題なさそうだったので、安心しました」
 そういって彼女はにっこりとほほ笑んだ。
 その笑顔を見ると少し嬉しくなり、僕は何も反論できなくなってしまった。
 結果として、なぜか僕は助けた野良猫を動物病院から引き取り、しかもかなりの請求金額を払わなければならない羽目になったのかを深く考えることもできずに、その日から黒猫と同居することになってしまったのだ。
 黒猫は健康状態のチェックや蚤やダニの駆除もされて、ご飯も充分に食べた影響か毛並みもつややかだった。

 今考えると、その時の僕にとっては黒猫の存在はある意味落ち込んでいた心の慰めになったのかもしれない。
 なぜならその時、僕は人生のどん底を味わっていたんだ。
 おそらく、いや確実に世界で最悪についてない不運な人間だと思っていた。

 そう、黒猫を助けて怪我をした日、僕はロト6を買うはずだったのだが、不運にも怪我をして救急車で運ばれ入院をする羽目になり、おかげで買うことができなかったのだ。買い続けて15年目に初めて買えなかった。
 病院に入院して迎えた月曜日の夜の事、僕はベッドの上でスマホ画面に表示されたロト6の当選番号を確認していた。野良猫救出の事故で今回ロト6は買うことができなかったから、今回ばかりは当たるなと願いつつスマホを眺めると、そこには信じられない数字が6個表示されていた。
 1等当選番号の欄に、すっかり頭に入っている15年間買い続けた数字が6個並んでいる。
 当選金額2億円。
 意識が遠のいて行く。僕の、この6個の数字を15年間ずっと買い続けてきた人生は何だったのだろうか。こんなまるで漫画のような出来事が僕の人生に起こってよいものか。
 今までの人生で味わったことのない最高の喜びとなる出来事が、黒猫のおかげで僕の手からすり抜けて行った。おまけに大怪我までして病院のベッドの上にいるなんて。
 これが実際に起こっている僕の人生なのか、僕の人生に「つき」とか「幸運」とかは無縁なのか。他人から見れば最高の歴史に残る笑い話だ。その夜は涙がにじんで眠れなかった。そして放心状態のまま僕の入院生活は過ぎて行った。
 溜息と涙しか出てこない。
 もうロト6も他の宝くじを買うことは生涯ないだろう。宝くじに当たるという幸運は僕の人生に無縁のものとなってしまったのだ。
 いつだったかネットの記事で読んだ記憶がある。イギリスで同じことがあったのだ。人生で1度だけ買い忘れたロトの宝くじの番号が当たっていた老人の話である。それを知った老人は悲観して自ら命を絶ってしまった。
 僕には彼の気持ちがよく理解できた。なぜなら同じことが僕に起こったからだ。

 そして心の整理もつかないまま退院し、黒猫との同居生活が始まった。

 手入れをされて見違えるようにきれいになった黒猫の姿はなかなか可愛いものだった。
 つやつやになり輝く黒い毛、4本の足先はまるで白いソックスか足袋を履いているような白毛になっている。そして、抱き上げると胸にも白いハートマークが。
 僕は黒猫を自然と「タビ」と呼ぶようになった。

 怪我をした右足はギプスで6週間ほど固定されることになっていた。その間は満員電車で通勤することは困難だし、2億円を手にすることのできないショックから立ち直っていないし、会社を休むことにした。ショックで何も手につかない状態だったからちょうど良かったのかもしれない。

 そんな僕の唯一の慰めは、救急車を呼んでくれた美人の彼女が毎日様子を見に来てくれることだった。
 彼女は動物病院で受付をしていて、僕がタビを助ける一部始終を見ていたそうだ。歩道に転がり込んで起き上がらない僕を見て駆け付けてくれたのだ。
「猫君は大丈夫ですか、困ったことないですか」
 既に恋愛をあきらめていた僕なのだが、彼女が来てくれる度に胸がときめいた。
 猫の事だけではなく、動けない僕に代わって買い物を引き受けてくれたり、時には料理まで作ってくれたのだから。
「名前、タビ君にしたんですか、タビで足に履くあの足袋の事なんだ、ぴったりですねぇ」
 そして、彼女は来るたびにスマホのカメラで黒猫のタビを撮影する。SNSにアップしているのだそうだ。
「タビ君は現在人気急上昇中なんですよ」
 何でも、白いソックスを履いたような足が可愛いと評判で、あっという間にフォロワーも二千人近くまで増えたそうだ。
 嬉しそうにタビを撮る彼女を見ている間は宝くじショックから逃れられる僕だった。

 ある日、彼女はタビの胸にあるハートマークを撮影してSNSにアップしたいと言い、僕はリクエストに応えて黒猫タビを抱き上げてハートマークの撮影に協力した。
「タビ君の胸のハートマーク、キュートですねぇ」
 彼女はその写真を「幸運を運ぶ黒猫タビ君」と題してSNSにアップした。
 その夜、その写真がめちゃくちゃバズってしまった。
「胸のハートマーク超可愛い」
「幸運を運ぶ黒猫君」
 タビの写真はあっという間に世界各国に拡散されて行った。
 人気は日がたつにつれて加熱し高くなる一方だ。
 フォロワー数の増加は留まることを知らず、全世界で5千万人を超えてもさらに増え続けた。
 タビの写真をスマホの待ち受けにすると願いが叶う、などと言われるようにもなり、SNSの世界である種の社会現象と言えるくらいに人気者になって行ったのだ。

 タビの自称専属カメラマンを宣言した彼女は、スマホを一眼レフカメラに持ち替えて僕の部屋に通うことになった。
「私、本当はクリエイティブな仕事したかったんだ。なかでもフォトグラファーは魅力的だなぁ。一眼レフカメラをカッコよく構えて、ファインダー通して自分の世界を表現するのって憧れていたのよねぇ」
 彼女はタビの撮影を通して自分の夢を引き寄せ始めている。何しろ既に1億人近くにまで増えたフォロワーが彼女の撮るタビの写真を期待して待っているのだから。
 しかしこの時点では、この先僕と彼女と黒猫タビの生活が一気にあわただしくなって行くなど、まだ想像できなかった。

 ある日、僕たちのところに黒猫タビの写真集を出したいという話が舞い込んできた。
 もちろん自称専属カメラマンの彼女が撮影した写真を使うという条件で。
「すごい話よ、私タビ君撮るために、奮発してプロが使う高級一眼レフカメラとレンズ買ってしまいました。もう私はプロのフォトグラファー名乗っちゃうわよ、タビ君カッコよく撮るからねぇ」
 彼女は躍り上がって喜び、黒猫タビも「ニャー」と乗り気の表情を見せた。

 僕たちはタビと共に、あちらこちらに出向き写真撮影を行った。
 朝日の昇る海辺で凛々しい立ち姿で海を眺めるタビ、視線の先には舞い飛ぶカモメの群れ。
 ビル群をバックにシャレたカフェ、冷たいアイスコーヒーの入ったグラスの横でくつろぐタビ。
 夕日をバックに公園でたたずむシルエット姿のタビ。
 

 訪れた撮影現場ではタビの人気をすごさを実感することになる。声を掛けてくる人たちがたくさんいるのだ。
「幸運を運ぶ黒猫タビ君に会えちゃった、ラッキー!」
「ファンでーす、一緒に写メ撮らせてください」
 僕たちが知る以上に彼は人気者になっていたのだ。
 写真集は絶対に売れる、と僕たちは確信した。

 ほどなくして、彼女の撮影した黒猫タビの写真集が出版され、僕たちの予想は現実となる。販売部数は人気グラビアアイドルをも超え、異例の大ヒットとなったのはご存じの通りだ。
 テレビ画面でも黒猫タビを毎日のように見るようになった。
 CM出演が相次いだのである。キャットフードのCMに起用されたことを皮切りに、生命保険会社、住宅会社などの様々な企業のCMに登場し、バラエティ番組からも沢山のオファーが届くのだ。
 カメラの前のタビは最高の役者を演じ、本当にその状況を自身で楽しんでいるとしかおもえなかった。
 撮影現場で僕たちは、
「タビ君の度胸はたいしたものですね、ここまで教えるのは大変だったでしょう」
 とよく言われるのだが、そんなことは全くない。タビは自分から楽しんでいるのだ。
 人気女優とのツーショットも難なくこなし、共演した方たちはたちどころにタビに心を奪われSNSでつぶやいてくれるので、さらに知名度と人気はアップする。
 そしてアメリカ映画から出演オファーが舞い込むまでになった。
 そこまで1年足らず、どこまで人気は過熱するのだろうか。

 僕と彼女とタビは、撮影スタジオを兼ねた広いマンションに引っ越し同居することになった。
 僕はすでに会社を辞めて、黒猫タビと、この時は自称ではなく自他ともに認めるタビ専属カメラマンになった彼女の専属マネージャーとして忙しい毎日を送っていた。

 先週は海辺で新たに企画された写真集の撮影。
 今週は旅行会社のポスター撮り。
 来週からはアメリカへ渡り映画出演だ。

 1年前からは想像もつかない生活だ。
 黒猫タビもこの生活を結構楽しんでいる様子で、朝になると今日はどこに出かけるの、と僕たちの顔を覗き込んでくる。その表情がたまらなく可愛いんだ。

 黒猫タビを中心に回る僕たちの生活。
 楽しいし充実している。
 しかし、僕たちはこの生活がいつまでも続くとは思っていないし、続けようとも思っていない。
 今はタビもこの生活を楽しんでいるように感じるけど、ここ数か月は休みなしだ。時折疲れたんじゃないかと思わせる表情もする。彼女とも相談しているのだが、これから先は少しずつ仕事をセーブして行き、1年後には黒猫タビと一緒にのんびりできる場所で暮らしたいと考えている。
 野良猫出身のタビはおそらく今3歳くらい。飼い猫の寿命は12,3年と考えると、脂の乗り切ったところで多忙な生活から引退し、猫らしい生活をさせてあげて少しでも長く僕たちと一緒に生活してほしい。
 そのためにタビがもっと自由に猫らしく動き回れる環境で生活できるようにしてあげたいのだ。
 彼女はそんなタビ本来の姿を得意のカメラで記録し続けて行きたいと願っている。僕はマネージャーとしての活動のほかに、彼女の写真に僕の書く文章を添えて行きたい。
 それがこれからの僕たちの夢なんだ。
 僕たちはこの1年でタビから十分に幸せを分けてもらったし。

 珍しく仕事のないこの日、タビは暖かい日光の差し込む窓辺のソファーの上で気持ちよさそうにマルクなっている。
「猫」って「寝る子」、本当だなと思う。
 時折伸びをし、僕たちの姿を確かめると「ミャー」と一声、また満足そうに眼を閉じる。
 平和な昼下がりだ。

 あの日、僕は黒猫を助けることなく宝くじ売り場に向かっていたらどうなっていたのだろうか。
 宝くじ高額当選者になっただろう。
 ただ、宝くじ高額当選者が幸せになる確率は低いという話もある。
 僕の場合も、一時的な金持ちとなれただろうが、今の彼女と出会うことはなかったし、一時の幸運をつかんだことで会社を辞めて一人で破滅への道を突き進んでいたかもしれない。
 黒猫タビを助けて怪我をした日、当たるはずであろうロト6が買えずに落胆し、当選番号をみて病院のベッドの上で涙を流した。退院してからはなぜか野良猫であったタビのために高額な請求金額を支払う羽目になり、同居を始めることになってしまった。
 僕は本当につきのない、運のない男だと涙を流した。
 だが、その時すでに僕は幸運のしっぽをしっかりと捕まえていたんだ。全く気が付かなかったけど。
 黒猫を助けようと車道に飛び出て怪我をしなければ幸運はつかめなかった。
 おかげで僕は最高の彼女と暮らせるようになったし、黒猫タビは宝くじ当選金額など比較にならないほどの幸運を運んできてくれたのだ。
 だから、「ついてない」とか「運がない」など、その時だけの状況だけで判断してはいけないんだよ。
 幸運ってのはさ、人生どこでどのようにつながっていて、どのようにやってくるかわからないものなのさ。

 黒猫タビは、僕と彼女にとって、本当に幸運を運んできてくれた黒猫なんだ。