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ブロガー、アフィリエイター、フォトグラファー、マルチクリエイター目指して楽しく生きる!

【ショートショート・短編小説】「怖くてたまらない」

「怖くてたまらない」

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友は病院のベッドに目を閉じて横たわっていた。

 

その姿は見るからにやつれていた。

様々な医療を、最高の医療を施したのだが、彼は病魔に打ち勝つ事は出来なかった。

彼の短すぎる人生の幕が下りるのは、時間の問題であることに疑いはなかった。

 

私は彼のやつれた顔を見つめながら、心の中でつぶやいた。

 

「友よ、後は私にまかせてくれ。君の築き上げようとした事業と、残された君の家族は私が責任を持って守るから」

 

その友が、私に答えるかのように突然目を見開いた。

そして私を見つけるとやつれた顔に突然生気がよみがえり、なぜか怒りの眼差しで私を睨みつけたのだ。

そして声を絞り出して言い放った。

 

「お前、裏切ったな、友として心から信じていたのに。俺が死んだら、俺の全てを盗み取るつもりだな、裏切ったな、許さない、俺はお前を許さない」

 

突然どういうことなのだ?

私は混乱した。

 

彼は、私の今までの行動を誤解している。

 

何とか彼の誤解を解かなければ。

私は何をどのよう説明すればよいのだろうか。

焦りが更なる混乱を生んだ。

彼は私に誤解を解く時間も与える事なく、私を許さないと何度も呟きながら息を引き取った。

彼の妻と子供たちの到着を待つことなく、私に憎しみの言葉をぶつけ、あの世へと旅立ってしまったのだ。

私に弁解する余地を与えることなく、心に大きな恐怖を植え付けて・・・

 

 

彼は完全に誤解していたのだ。

でも何故?

 

私は彼の事業をアシストしていた。

突然が体調を崩し入院してしまい、病気が発覚し余命があまりないと知らされたときに私は決心したのだ。

彼の事業を継続し、発展させて彼の残された子供たちに引き継ぐと。

もちろん彼の家族の生活は私が完全な形で保証する。

 

そのような私の活動を邪魔に感じる人間も多く存在した。

入院中の彼は、私を排除しようとする彼の取巻き達から、私に関する様々な情報を歪曲された形で聞いていたのだった。

最初は信じなかった彼も、何人かから同じようなことを聞かされ続けているうちに、次第に私の行動を怪しむようになったらしい。

その結果、彼は私が彼の事業と家族を乗っ取ろうとしている誤解してしまったのだ。

 

私にも落ち度はある。

入院していて動けない彼のところにもっと頻繁に訪問し、状況を説明していればよかったのだ。

私と彼は強い絆で結ばれる、彼ならわかっていてくれている。

入院している彼の精神状態を思いやることなく、そのように思い込んでがむしゃらに働き続けた私もいけなかった。

 

私の知らないところで、いつしか彼は私を憎み恨むようになっていった。

 

それから50年の歳月が過ぎ去った。

 

私は病院のベッドに横たわっていた。

死期が近いことは十分承知していた。

 

この50年間、波乱に満ちた人生だった。

 

彼に歪曲した情報を流した者たちは真っ先に会社から排除した。

私に対する様々な妨害や裏切りもあった。

そのことが、様々な憶測や私に対する悪い評判を産んだ。

彼の子供たちとの衝突もあった。

世界情勢の変化でピンチに陥ったことも一度や二度ではなかった。

 

それでも私は亡くなった彼の誤解を解くためだけに必死に立ち向かった。

 

彼の事業を発展させ、彼の子供たちを教育して事業を引き継がせるために。

 

結果として彼が立ち上げた企業は大きく発展し、世界に進出した。

彼の子供たちも、今では辣腕を振るうことで有名な経営者となった。

 

私は目的を達成することが出来たのだ。

私の役目は終わった。

 

今では彼の家族から感謝されている。

 

だが彼はどうだろうか・・・

 

私は彼の誤解だけは解くことが出来なかった。

 

だが、彼は私を見続けていたはずだ。

あの世で再会した時には、彼とまた昔のような心の絆を結びなおすことが出来ると思いたい。

その事だけが気になるのだ。

彼との再会が・・・怖い。

彼は本当に理解してくれているだろうか。

 

意識が遠くなる。

私もこの世にお別れを言う時が来たようだ。

思い残すことは無い、と言えば嘘になる。

でも、死んでしまった彼の誤解を解くことは不可能だ。

それは、これからの問題なのだ。

 

体が急に軽くなった。

遠くに明かりが見える。

誰かが私を迎えに来てくれているようだ。

 

彼だ、直ぐに私には分かった。

彼が私を迎えに来ているのだ。

だが、遠すぎてまだ彼の表情は読み取れない。

 

次第に彼が近づいてくる。

鼓動が高鳴る。

彼は私を許してくれるのだろうか。

怖い、怖い・・・

 

 

暗闇が訪れた。

そして、世界は静寂に包まれた。

物音ひとつしない。

私の心は不安で一杯になっている。

怖い。

この暗闇と静寂、ずっと続くのだろうか・・・

 

その時、暗闇のどこかで拍手の音が、パチパチパチと聞こえた。

そして、次第に拍手の音は広がり、大きくなって行く。

あっという間に、世界が大きな、ものすごい数の拍手で満たされていった。

闇が反転して明るくなる。

私の目に飛び込んだのは、立ち上がって拍手をしてくれる人、人、人。

 

涙があふれてきた。

 

映画の試写会は終わった。

 

「さあ、行くぞ」

 

映画監督が私の背中を押してくれた。

私は、監督や他の共演者たちとステージに向かって歩き出した。

 

世界的に有名な実業家の生涯を描いた映画作品。

無名の私を主役に抜擢してくれた監督。

 

映画が完成し、封切られるまで私は怖くてたまらなかった。

無名の新人である私の演技はどのように評価されるのであろうかと。

 

でもその恐怖は、今は大きな喜びに変わった。

私は今、嬉しくて嬉しくてたまらない。

家庭におけるお父さんの居場所がなくなった。原因は父親の権威の消失か?

お父さんの居場所について考えてきた。

 

お父さんの居場所がない

確かに、都市部で子供を持つ家庭においてはお父さんの居場所はまずない。

 

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子供が巣立つまでの間、お父さんは我慢しなければならないのだ。

そのため、押し入れや廊下の突き当りなどのわずかなスペースを自分の城として我慢して(喜んで)いる。

 

いや、そのようなスペースが確保できたお父さんはむしろ幸せなのである。

 

独身時代、癒しの対象であったガンプラや本は真っ先に処分され、そっと購入したものが奥さんに見つかると、白い目で見られ説教だ。

 

だから家に帰りたくなくなるお父さんたちが出現する。

 

世のお父さんたちはどうしたらよいのであろうか。

 

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昔のお父さんの権威は絶大だった

お父さんはリビングのテーブルでビールを飲みながら考えた。

 

妻と娘二人はテレビのお笑い番組に夢中である。

お父さんにテレビのチャンネル権は無い。

 

お父さんが子供のころはどうだったであろうか?

 

お父さんの父親は公務員であった。

お父さんが生まれた時は市営住宅という、当時の長屋に住んでいた。

ほんの二部屋に、狭い台所とお風呂に汲み取り式トイレ。

妹が生まれ、お父さんが幼稚園までそのような住宅に住んでいた。

 

記憶はかすんでしまっている。

ただ、父親が帰るのを待って、家族全員で晩御飯を食べた記憶がある。

白黒のテレビで、家族全員で鉄腕アトムを見た記憶がある。

 

お父さんが小学校の時に、父親は家を建てた。

小さな木造の二階家である。

間取りは3LDK、8畳間のリビングダイニングキッチンに6畳間が二部屋、後は3っ畳間である。

もちろん父親の部屋は無かった。

 

父親はいつもリビングの炬燵にデンと座ってテレビを見ていた。

テレビのチャンネル権は100%父親であった。

ウルトラマンなど、見たい番組がある時は父親の許しが必要だった。

 

父親は、週末リビングで釣り道具の手入れをしていた。

子供である私や妹が邪魔することは許されなかった。

昼寝をしていれば、見たいテレビがあっても消してそっと部屋を出たものである。

 

父親の部屋は無かったが、父親の家であったのだ。

聞けば、同級生の家庭は皆同じような環境であった。

 

だが、いつから家庭におけるお父さんの権威は無くなってしまったのだろうか。

いまや発言権も居場所も無いのである。

 

お父さんの権威はいつから無くなっていったのか

「働き方改革」がブームになる前、お父さんが若い頃は残業100時間なんて当たり前だった。

プロジェクトが大詰めになると、帰宅時間は日付を超え、時には何日か会社に泊まり込むこともあった。

 

今はもう笑い話であるが、同僚が当時の思い出をこう語った。

「プロジェクトが終了して定時で帰宅した日にさ、リビングで遊んでいたそのころ三歳の娘が俺を見上げて おじちゃんお帰りっていったんだぜ」

 

モーレツ社員であったお父さんたち。

時任三郎がコマーシャルで

「24時間戦えますか」

と歌っていた時代。

 

どうやらそのあたりから、家庭におけるお父さんの権威が無くなってきたのでは無いだろうか。

 

家にあまりおらず、帰ってきたら寝ているだけ。

そんな姿を子供たちが見ていれば、そりゃぁ親の権威も無くなりますよ。

 

結婚しない子供たち

ある意味、お父さんの権威を無きものとし、家庭のきずなを希薄にし、子供たちの結婚願望を無くなさせたのは日本社会のこのような現象ではなかったのか。

 

子供たちが(特に男の子が)このようなお父さんの境遇を見て育てば、結婚しようなどと考えなくなってしまうであろう。

 

父親の権威復活が少子化問題を解決するかも

現代社会において、父親の権威を復活させるためには何が必要なのであろうか。

父親の権威が復活すれば、結婚率も上がり、少子化問題も解決するかもしれない。

 

お父さんはため息をついてぬるくなったビールを飲んだ。

 

その時、娘が振り返って言った。

「こんどパパはどこにキャンプに行くの?

友達にパパのこと話したら、アウトドアやるお父さんてカッコいいじゃんって言われたよ」

 

不意の一言。

居場所がないからキャンプに出かけるようになったのに。

 

なんだか嬉しくなるお父さんであった。

アウトドアの達人らしく、髭でも延ばしてみようかな・・・

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*ここに登場するお父さんは、架空の人物で筆者ではありません。

あしからづ・・・<m(__)m>

【ショートショート・短編小説】 「黒猫と僕の不思議な関係」

はじめに

10月に投稿した短編小説「幸せを呼ぶ猫」を修正しました。

タイトルは「黒猫と僕の不思議な関係」

短編小説なので、タイトルで結末が分かる事を避けたのです。

主人公も「俺」から「僕」へ。

イメージを柔らかくしたかったのです。

文字数も約1700字から2700字へ。

小説全体が薄っぺらい感じがしていたので、少しボリュームを持たせてみました。

お読みいただければ幸いです。

 

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「黒猫と僕の不思議な関係」

 

僕は37歳の独身。

これといった趣味もなく、アクティブな毎日を送っているわけでもない。

そのせいか、彼女という存在にも無縁のままだ。

 

そんな僕が、15年間続けている事が一つだけある。

毎回欠かさず同じ数字でロト6を買い続けているのだ。

もちろん過去1000円しか当たったことしかない。

だが、これだけ長く買い続けていると、この行為は人生の一部となり、買わないわけにはいかなくなってしまっているのだ。

 

土曜日。

5週間に一度、ロト6を買わねばならない日がやってきた。

15年間繰り返してきた行為。

駅前の宝くじ販売所に、ロト6を10回、5週間分を購入しに行く。

僕は、スニーカーを履き一人暮らしを続けているマンションを出た。

 

そして、その途中に事故は起こった。

 

宝くじ販売所の手前約100メートル地点、動物病院の前に差し掛かった時。

「あっ!」

僕ははとっさに大声を上げた。

 

黒猫が道路に飛び出した。

黒猫は道路の真ん中で、目の前に迫った大型トラックを見て動きを止めてしまった。

大型トラックがブレーキもかけずに通り過ぎる。

誰もが悲惨な光景を目にすることを覚悟した。

 

しかし、予想に反して、黒猫は無傷で道路の中央にうずくまっていた。

トラックの車体の下を、うまく通り抜けたらしい。

しかし、腰が抜けてしまったのか動こうとしない。

 

このままでは危険であることは目に見えている。

次の車が来る前に助け出さねば。

無意識のうちに僕の体が動いた。

ダッシュして、道路にうずくまる黒猫を抱き上げるとターンして歩道に駆け戻った。

 

「うっ!」

駆け戻った時に、道路の段差で思い切り右足首をひねった。

その時、「ビシッ」という嫌な音が足首からきこえた。

激痛が走る。

俺はラグビー選手がトライするように、黒猫を抱いたまま歩道に転がった。

 

猛烈な痛みで立ち上がることができない。

 

「大丈夫ですか?」

目を開けると、若い女性が僕をのぞき込んでいる。

美人だ。

が、それよりも足が痛い。

涙でかすむ風景、後ろに動物病院の看板。

 

「足、立てない・・・」

彼女は僕から黒猫を抱き上げると、

「救急車を呼びますね」

と言って動物病院に駆け込んでいった。

 

俺はアキレス腱を切断し、救急車で担ぎ込まれた病院に1週間の入院となった。

黒猫は、僕の退院まで動物病院で預かってもらうことに。

その間、体中にまとわりついていた蚤やダニの駆除もやってくれるという。

だが、黒猫は野良猫であって俺の猫ではないのだが・・・

 

入院して3日目の月曜日の夜、ロト6の当選番号発表日。

僕は、買いそびれたロト6の当選番号を病院のベットの上でスマホで恐る恐る確認した。

「当たるはずがない、当たらないでいてくれ」

そして、結果は起きてはいけない事が起きてしまった。

僕は、心臓が止まる思いだった。

 

当たっていたのである。

 

正確に言うと、買ったら当たっていた。

 

2億円、2億円が僕の人生からすり抜けて行った。

 

こんな事があって良いのだろうか。

同じ番号を15年間買い続けてきた僕の人生はいったい何だったのだろうか。

 

いつだったか、確かイギリスで同じような出来事があったことを思い出した。

人生で一度だけ買い忘れたロトの番号が当たっていたのである。

それを知った彼は、人生を悲観して自ら命を絶ったのだった。

 

今の僕には彼の気持ちがよくわかる。

僕が死ななかったは、彼より当選金額が安かったから・・・・なのだろうか。

いや、病院のベッドの上で動けなかったからに過ぎない。

 

放心状態のまま、入院期間は過ぎ去った。

今更ロト6を買っても当たる事はないだろう。

 

そして1週間後。

抜け殻と化した僕は、右足首をギプスで固定した状態で退院し、自宅のマンションに戻った。

同時に、あの黒猫もやってきた。

奴(雄だった)は、窓辺のクッションで気持ちよさそうにくつろいでいる。

無気力な僕を見つめ、満足した表情で

「ニャア」

と鳴いた。

 

僕が入院していた1週間の間に、奴は見違えるようにきれいになっていた。

黒い毛はつやつやになり輝いていた。助けたときは薄汚れていて気が付かなかったのだが、額には白いハートマークが。

そして4本足の先は白く、はまるで白いソックスか足袋を履いているようだった。

 

僕を「タビ」と呼ぶことにした。

 

そして「タビ」と僕の男同士の共同生活が始まった。

 

右足首はまだギプスが取れない。

幸い、しばらくは会社に出ることはできない。

2億円を手にすることができなかった僕の心がが立ち直るには、ちょうど良い休暇だった。

 

そんな僕の唯一の慰めは、世話になった動物病院の女性が様子を見に来てくれることだ。

言い忘れたが彼女は独身でまるで、「広瀬すず」のように愛らしい女性なのだ。

 

僕はこの時ばかりはロト6の2億円を忘れ、そして右足が治らないでほしいと願った。

 

そんなある日、彼女は「タビ」の写メを、俺の救出劇から一緒に生活することになった記事とともにSNSに投稿した。

 

「タビ」の写メがSNSで紹介されてから数日が経過した。

彼女の投稿は拡散され、瞬く間に「タビ」は世間に知れ渡るようになっていった。

「額のハート、かわいいー」

「幸運の猫ちゃん」

「タビの写メは幸運のお守り」

などと言われ、日本のみならず、世界中にフォロワーが広がっていった。

 

彼女は毎日僕のマンションを訪れ、「タビ」の写メを撮ってSNSにアップした。

もちろん僕と彼女の距離も縮まって行く。

そのことは、僕にとって2億円よりも嬉しい出来事だ。

 

フォロワー数はあっという間に100万を超え、毎日増え続けている。

 

「おはよー、タビいる?」

彼女は動物病院に出勤する前に僕のマンションに立ち寄って、「タビ」の写メを撮る。

そして、僕のために簡単な朝食とコーヒーを準備してくれるのだ。

そして、夕方も立ち寄ってくれ、夕食を作ってくれる。

時にはお酒を飲むときも。

 

僕の足が治ってからも、彼女の訪問は続いた。

 

そして今、

「幸せを呼ぶハートのマークの黒猫タビ」

はスターになった。

雑誌、ポスター、CM、テレビ、映画・・・・

「タビ」の姿をメディアで見ない日は無い。

 

僕と彼女は、「タビ」のマネージャーとして日々忙しく働いている。

そして、信じられないことに僕と彼女は結婚しているのだ。

 

それだけではない。

「タビ」の飼い主である僕たちの収入は、僕が当てることのできなかったロト6の金額を大きく超えるものとなっていた。

そのようなこともあり、「タビ」の人気は国際的になってきた。

 

でも、「タビ」は新しいマンションの、日当たりの良い窓辺のクッションの上でくつろぐのがお気に入り。

時々頭を上げ、僕たちの顔を見つめると満足そうに

「ニャー」

と鳴く。

 

まさに「タビ」は僕と彼女にとって幸運の猫ちゃんなのである。

 

*最後までお読みいただき、ありがとうございました。

この小説は、小説投稿サイト

「小説家になろう」

「カクヨム」

にも投稿しています<m(__)m>

 

 

5秒ルールの悲劇 【ショートショート 短編小説】

「5秒ルールの悲劇」

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今までの僕の人生は、不完全燃焼そのものだった。
やらなければならないこと、やろうと思っていたことは沢山あった。
でも、もう少し、もう少し経ったら動こうと先延ばしにする癖があり、結局はやらずじまい。

先延ばしにする口実を考えつつ生活をしていた。
日々だらだらと、それこそ無意味に過ごしてきたのだった。

そんな僕だから、勉強なんかできるわけがなかった。
趣味だってないし、彼女どころか友達だって出来なかった。
三流大学に何とか引っ掛かって、一年留年しただけで卒業し、ほとんど名前の知られていない今の会社にもぐり込んで、たとえ安い殿給料でも、サラリーマンを続けているのが奇跡といえるだろう。
ある意味、僕の人生はついているのかもしれない


だが、そんな僕のつきもここまでだった。
会社が倒産してしまったのだ。
同僚達はいち早く行動を起こし、次々と新たな仕事を見つけていった。

僕はというと、仕事を探さなければいけない事はわかっているのだか、いつもの習慣で明日になったら動こうと毎日思っているうちに、失業保険も切れる日がやってきてしまった。

そんなある日、母方の高校教師をやっている口うるさい叔母がやって来た。
僕はこの叔母が大の苦手なのだ。

叔母はアパートでゴロゴロしている僕を一喝した。
「まったくあなたという人間は。」
その後、長いお説教が始まることを覚悟したのだが、叔母は意外な事を言った。
「あなたは考えすぎなのよ、考えすぎるから行動出来なくなっちゃうの。

考えすぎる位だから頭は本来良いはずよ、もう少しバカにおなりなさい」
僕の頭が良いだって?

意外な言葉だった。

そして、この本を読むようにと一冊の本を置いていった。

「5秒ルール」

行動を起こすときに、何も考えず
「5・4・3・2・1」と頭の中でカウントし5秒で動き出す。
直感的に行動しろということらしい。

 

何も考えたり悩んだりすることはない。

思い立ったら5秒以内に行動するだけなのだ。

 

直感的に行動するというところが、興味深かった。

自分にとっては素晴らしいルールに思えた。

ある程度は叔母の暗示にかかっていたのかもしれない。

 

その日から僕の人生が変わった。

 

朝、目覚ましを止める。

何も考えることはしない。

「5,4,3,2,1、ゴー」

サッと布団から飛び起きる。

そして朝のルーティン、トイレ、歯磨き、朝食。

服装も悩むことは無い。

面倒だった、清掃や洗濯だって、やらない理由を考えなくても良い。

「5,4,3,2,1、ゴー」

今までに無い僕の行動パターンだ。

 

生活が楽しくなった。

ネガティブ思考がなくなった。

いや、考えることをしなくなったのだ。

行動してしまえば、未来を考えるだけなのだ。

 

まもなく再就職も決まったし、彼女もできた。

 

それどころか、欲が出てきた。

僕はもっとできるはずだ。

もっと良い会社に転職し、高い給料を目指すことが可能ではないだろうか。

 

そのために、もっと自分のスキルを磨かなければ。

「5,4,3,2,1、ゴー」

英会話スクールを申し込み、自分で驚くほど短期間に英会話をマスターした。

ビジネス書も手当たり次第に読破した。

「あいつは決断が速い、行動が速い」

と言われるようになり、短期間で会社でも実力を認められるようになった。

 

すると、自ら行動しなくともヘッドハンティングの誘いが来るようになった。

「5,4,3,2,1、ゴー」

直観力で動くことにより、僕の人生は右肩上がりの素晴らしいものに。

英語とビジネススキルを活かして外資系企業に転職し、給料も驚くほど上がった。

 

今の僕は昔の僕と全くの別人だった。

 

5秒ルールを進めてくれた叔母の言葉に嘘はなかったのだ。

僕は、自分の頭脳をネガティブな部分に使っていたにすぎなかったのだ。

僕の優れた頭脳をポジティブに使えば人生は好転する。

叔母の言葉に嘘はなかった。

 

一日に何回も頭の中から声が聞こえる。

「5,4,3,2,1、ゴー」

その合図で僕は行動を起こす。

判断する。

結果がたとえ失敗したとしても、今の僕にはそれをプラスに変えるポジティブ思考が備わっている。

僕の取った行動に間違いはない。



週末、僕は買い物に出た。

街は人々でにぎわっている。

雑踏の中を、さっそうと歩く。

そんな時、突然の悲鳴が響き渡った。

歩道の人波が割れる。

乗用車が猛スピードで歩道に乗り上げ、こちらに向かってきた。

何人かが車に跳ね飛ばされている。

 

まずい、逃げなければ。

 

その時だ、僕の頭にスイッチが入った。

「5,4」

だめだ、もう車は目の前だ。でも体が反応しない。

「3,2」

はやく5秒経ってくれ、動けない。

だめだ、間に合わない・・・・

「1…」

お父さんの12月、「飲みにケーション」は必要なのか? シニア世代のお父さんは考えた。

 

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12月、会社では宴会シーズンの到来である。

お父さんの最も憂鬱な月

12月は1年のうちで、お父さんの最も憂鬱な月でもあるのだ。

何故なら、お父さんは宴会が嫌い、大の苦手なのだ。

 

お酒は大好きである。

もちろん晩酌は欠かさない。

ビール、ウィスキー、焼酎、日本車、ワイン・・・

その日の気分で飲み分けている。

だが、お父さんは一人で静かに飲むのが好きなのであって、他人、しかも職場や取引先の人間と酒を飲むとなるとどうもいけない。

自分のペースで、楽しく気兼ねなく飲むことができないのだ。

また、酔っ払いを相手にするのも気疲れしてしまう。

お酒がまずく感じてしまうのである。

それではお酒に申し訳ないではないか。

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だが、今年の年末は例年と少し違うようである。

 

今年は取引先からの接待が激減した

うれしい限りである。

取引先との接待、部署柄接待される機会が圧倒的に多いのだが、いつも接待を無難に断るのに頭を痛めていたのだ。

 

何故か。

接待であるからして、もちろんただ酒である。

しかし、「ただより高い物はない」というではないか。

相手は酒をセーブしている。

そしてお世辞の波状攻撃。

ひたすらお酒も進めてくる。

そんな酒、美味いはずがない。

おまけにもう一軒と来た日には地獄である。

 

それが、今年はお誘いが半分以下に激減した。

景気が悪いためではないらしい。

ビジネススタイルが変化してきているのだ。

 

今まで、特にお父さんのシニア世代にとっては営業は足で稼ぐと教えられてきた。

それが、ネット環境の進歩により、商談もメールでの交渉が主になりつつある

 

古い人間は、メールだと相手の顔が見えない、とかやはり膝を突き合わせて腹を割って話をしないとなど尾ということをいまだに信じている営業マンも存在する。

しかし、世の中はどんどん進んでいる。

メールでは大容量の資料も複数名に送ることができる。

また、相手の顔が見えない分だけある意味ドライに商談を進めることができるのだ。

しかも、時間的制約がない。

効率重視が最優先され、味気ないという人もいるが、要はやりよう・考えようである。

 

ポイントポイントで訪問し、面談すればよい。

 

あまりプライベートに深入りしないほうがフェアな取引ができるともいえる。

 

接待の経費についても、近年その費用対効果が悪くなってきているとのデータも出されている。

 

意外と、若い世代だけではなく、シニア世代も接待減少は歓迎しているのだ。

 

忘年会も意味合いが変わってきた

こちらも今年は減少傾向にある。

お父さんの会社では、今まで忘年会・新年会の行事が年末年始にダブルであったのだが、公式なものは新年会1つになった。

 

総務部のアンケートで、会社の公式な飲み会は意外とすべての年代層に不評だったのである。

 

参加したくない宴席に、お金を払ってまで参加したくないという社員が意外と多いのだ。

お酌や余興も多くに社員にとって苦痛と感じているらしい。

そして、最近の若い年代層のアルコール離れのも影響している。


意外なのは、シニア世代にとっても不評なのである。

部下や上司の機嫌をうかがいながら飲む酒は美味いはずがない。

ましてや2次会の費用など上司持ちになるケースが多いので、懐具合にダイレクトに響いてくるのだ。

 

それに、無礼講だと言ってガンガン酒を飲み酔っ払い、絡んでくる連中もたくさんいる。

そのような連中に限って翌日何も覚えていないのだ。

 

このような席では、つくづく酒に飲まれてしまう連中が勝ちだと思うのだ。

酒の強い、もしくは飲まない人間が、最終的に酔っ払いの面倒を見ることになるのだ。

若い連中ならまだしも、上司となると置いて帰るわけにもいかない。

そのような連中と、酒の席でコミュニケーションを密にするなど、不可能である。

 

飲みニュケーションは死語

時代は変わり、みな職場の人間とは距離を置くようになってきている。

職場の人間関係は、自分では選べない会社から与えられたものである。

仕事以外では、よほどのことがない限り深入りしたくないと考える人たちが、年代に関係なく増えてきているようだ。

 

お父さんも年末の、このような悪しきビジネス習慣は早く消滅してほしいものだと願っている。

これはあくまでもビジネスの話であり、プライベートの仲間と楽しく飲むお酒は大歓迎なのである。