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お父さんの居場所がない!

家庭における、お父さんの居場所がない。

 

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家庭においては、おとうさんの立場は非常に不利である。

 

家庭におけるお父さんの滞在時間は、家族の中で最も短い。

お母さんと子どもは、家庭における滞在時間も、コミュニケーションを取る時間も圧倒的に長い。

 

お父さんにとって不利な条件はそろいすぎている。

 

更に、歳を重ねるにしたがって、お父さんの不利な条件はますます増えて行く。

 

おなかが出てくる。

髪の毛が薄くなる。

口が臭い。

加齢臭が増してくる。

家族の前でおならをする。

イビキがうるさい。

等々

 

必然的に、家庭は妻と子供を中心に構成されるようになって行く。

 

子供は一人一部屋。

子供が中学生くらいから、家庭内におけるお父さん蔑視の傾向が強まってくる。

その次は妻の部屋(もちろんこのころには夫婦の寝室は別になる)。

 

我が家でも、いつのころからか洗濯は、汚れた衣類を入れる洗濯籠も含めて別になった。

下駄箱も別。

寝室も別。

 

我が家は現在、次女が家を出たため、妻が次女の部屋を使い、私は以前の夫婦の寝室(6畳間)を使っている。

ただし、タンスや布団が置いてあるため、絶えず家族の出入りは有るため、プライベートは保てない。

母娘の会話に入ろうとすると、会話を中断される。

 

疲れた体で帰宅し、のんきにテレビを見て笑っている妻と娘を見ると、ふと頭の中を

「何のために俺は働いているのだろう」

との思いがかすめる。

お父さんは、結婚してからは家族のために精一杯働いてきた。

子供を立派に(?)育て上げ、マイホームも手に入れ、順風漫歩に思えた。

でも、築き上げた家族とマイホームにいつしかお父さんの居場所はなくなっていた。

 

「何のために俺は働いているのだろう」

「もちろん家族のために働いてきたんじゃないか」

でも、

「家族のために今の俺はこんなに苦労を・・・」

 

いけない、お父さん、ネガティブ思考に走ってはいけないよ。

 

私は50歳を過ぎて、初めて4年間ほど単身赴任を経験した。

もともとお酒は家飲みが好きで、料理を作るのも手間とは思わなかった(つまみ程度しかできないが)。

ある意味快適な単身赴任生活だった。

 

それは、妻と娘たちにとっても同様だった。

 

2年前に自宅に戻り、遠距離通勤を開始することになったとき、妻は私に何度も単身赴任を進めた。

理由は、もちろん私の体調を気遣ってくれた面もあるにはあるが、本心は

「お互い楽だから」

であった。

 

いつまでもネガティブになっていては仕方がない。

生物学的に見ても、娘は父親を嫌い、離れて行くものだ。

いつまでも仲良くしている方が異常なのだ。

そう思おう。

 

もう娘たちも成人したし、以前のように家庭サービスをすることもなくなったのだ。

 

肩の荷が下りたじゃあないか。

 

お父さんたち、そう思おう。

再び自由になれたのだ。

男は死ぬまで少年の心を持った生き物なのだ。

心の中に、常に夢を抱いている生き物なのだ。

もう一度、夢に向かってはばたく時がやってきたのだ。

 

週末、家にいなくても小言を言われなくなったし。

むしろ、

「昼ごはんいらないよ」

と言って家を出れば喜ばれる。

 

私は、原則自分の洗濯は自分でするようにしている。

通勤に使用しているワイシャツなどは、週末自分でクリーニング店に持って行く。

革靴も自分で磨く。

その方が、すっきりする。

 

すると、平日には妻が自主的に私の洗濯をしてくれるようになった。

でも、単身赴任中になれた自分のたたみ方と異なるために、タンスにしまいにくいのだが、もちろん言葉には出さず、

「あっ、洗濯してくれたんだね、ありがとう」

という。

何かと気を使ってくれるようになった。

家庭円満(?)の秘訣である。

その後、こっそりハンカチと靴下はたたみ直すのだが。

 

悲壮感を顔に出すのはやめよう。

笑みを絶えず口元に浮かべ、心穏やかに保つ。

そうすれば妻の機嫌もよくなる。

週末自由に活動できる。

新たな家族の在り方、新たな時代が始まるのだ。

 

ここはひとつ、お父さんの居場所がないのではなく、お父さんの新たな居場所を探すのだ。

発想を変えてみようではないか。

人生は楽しくなる。