ログイン 気ままにエンジョイライフ・ドットコム

ブロガー、アフィリエイター、フォトグラファー、マルチクリエイター目指して楽しく生きる!

山の力 ~自然にいい加減に向かい合うと大変なことになる【短編小説】

f:id:masaogasan:20191103082311j:plain



晩秋の森は夕暮れを向かえていた。

空は藍色を濃くし始めている。

気温も下がり、濡れた衣服から急激に体温を奪い始めた。

 

私は今年デビューしたばかりの新米猟師だ。

とは言っても、免許を取ったばかりのという意味で。

 

都会暮らしの私にとって、猟師は大自然と触れ合い、食とじかに向き合う憧れの職業だった。

 

きっかけは、亡くなった祖父母の家を父親が引き継いだことにある。

長野の山奥にある家、土間の広いがっしりしたつくりの家だ。

父親も高校生までこの家で育ったのだ。

 

しかし、山奥のため、今は過疎化が進んでおり、住人も数えるほどだ。

 

こんな場所の家を父親が引き継いだが、移住するわけでもなく、放置されていたため、アウトドア好きの私が休日に別荘代わりに利用することにした。

 

祖父母の孫ということもあり、山村の住人は快く受け入れてくれた。

 

そして、私は山村生活を充実させるために狩猟免許を取得したのだ。

まだ銃を所有していない。

罠猟から始めるつもりなのだ。

 

山村の60代以上の男は、大半が狩猟免許を持っていた。

 

冬は狩猟生活で、森や田畑を荒らすシカやイノシシを捕獲し、生活の足し(もしかすると赤字)にしている。

何よりも、肉は貴重なタンパク源なのだ。

 

30代の私が狩猟免許を取得したことを、村人は喜んでくれた。

 

「まずは山を知ることだ。狩猟期間が始まるまで、可能な限り山に入って獣を感じることが大切だ。どこを通り、どこで食べて、どこで糞をして・・・。、まずはそこからだ」

 

地元のベテラン猟師の言葉に従い、この山村の家にいるときは、雨天も気にせず山に入った。

 

GPS機能のついたスマホやタブレットは強い味方だった。

これさえあれば迷うことはない。

活動記録もデータ化できた。

 

その日、いつもの休日通り私は一人で山に入った。

 

獣道を探し、藪を漕ぎながら進むのも慣れたものだと自画自賛していた。

 

いつもより奥まで進んだ。

そして、小さな沢を渡ろうとした。

と、その時、不覚にも沢の中の浮石を踏んでしまい、水の中に落ちてしまった。

小さな沢なので大したことはなかったが、服が濡れ、スマホとタブレットは使えなくなってしまったのだ。

 

私はいまどこにいるのか?

 

今まで機材に頼って山に入っていた私は、途方に暮れた。

安全に帰れる自信がないのだ。

元来た道を戻れるだろうか?

いや、藪の中をGPSを見ながら進んでいたので、周りの景色を明確に頭に叩き込んでいたわけではない。

どうする、どうする。

 

そうだ、沢伝いに山を下りて行こう。

 

水量のあまりない沢は、ひざ下まで入るだけで進むことができた。

 

機材が役に立たなくなるだけで、耐えられないくらいに心細い。

 

普段は何とも思わない鳥の声や、藪がガサガサ音を立てるだけで心臓がちじみ上がる。

何が猟師だ。

自分が情けなくなる。

 

もう1時間ほど沢を下っただろうか。

まだ私の記憶にある景色には出会えない。

 

その時、左側の笹薮が大きな音を立てて揺れた。

心臓が破裂しそうだ。

何かが沢に向かって降りてくる。

 

私は緊張のあまり身動きできず、身体がこわばってゆくのを感じた。

 

笹薮が大きく揺れ、姿を現したのはイノシシだった。

大きさは、私の膝丈くらいか。

相手も私を見て驚いた様子だ。

 

日も暗くなってきた。

イノシシの背中に白い線が見える。

ウリ坊だ、まだ子供だ。

しかし、牙が夕闇の中白く不気味に光る。

 

そういえば、猟師が言っていた。

「イノシシは子供だと言って油断するな。その牙で膝を突かれるぞ」

 

私は沢の中を、じりじりとあとずさりした。

 

ウリ坊はじっとこちらを見つめている。

 

5メートルほど後退ったとき、再び笹薮が大きく揺れた。

 

親がいるのか?

 

頭の中がパニックになる。

 

そのままゆっくりとゆっくりとあとずさり。

しかし、目はウリ坊と揺れる笹薮しか見えない。

耳は笹薮のざわめきしか聞こえない。

のどがへばりつき、呼吸が荒くなる。

 

何メートルあとずさりしただろうか、不意に視界から小さくなったウリ坊が消え、

身体が宙に舞った。

 

そして水の中へ。

 

ザブン、ボコボコという水音と、冷たい水温で意識が戻った。

 

沢は小さな滝となって川に流れ落ちていたようで、私はその川に落ちたのだ。

 

水深はさほどなく、足が水底についた。

 

何とか川岸までたどり着くと、集落の明かりが目に入った。

 

見覚えある風景だ。

 

どうやら、私は山の中をぐるりと回り、自分の家があるの集落の近くに戻ってきて、近くを流れる川に落ちたらしい。

 

そこに流れ落ちている小さな滝というと・・・

私の家の間近ではないか。

 

こんな無様な姿を村人に見せるわけにはいかない。

幸いに、すでに日は暮れている。

私は急いで我が家に戻った。

 

風呂に入って一息ついた。

ようやく落ち着いて今日一日を振り返った。

 

私は自然を甘く見すぎていたようだ。

確かに文明の利器は便利だ。

しかし、それに頼って立ち向かえるほど自然は甘くなかった。

 

自然に向き合う自分の気持ちがいい加減だったので、山の神様にお灸を据えられたのかもしれない。

 

これで猟師をあきらめるのか?

 

いやだ。

もっと、自然に溶け込んで、ここで、自分の祖父母の土地で生活してみたいと真剣に感じたのであった。

 

明日は山の神様に挨拶に行くことにしよう。