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豪雨 ~非現実世界を流し去る【短編小説】

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風雨が次第に強くなってきた。

 

屋根として使っている ブルーシートがバタバタと大きな音を立ててはためいている。

もはや屋根の役目ははたしていない。

ビニールの半透明のカッパを身に付けているが、もちろん俺は全身ずぶぬれである。

 

今朝方 NPO だと名乗る男がやってきて、台風が近づいているのでここを非難するようにと言った。

避難すると言っても俺には行く場所がない。

避難所では俺たちホームレスを快く迎え入れてくれるはずが合いのは分かり切っている。

 

しかしながらここに留まるのはもう限界に近い。

俺は素早く荷物をまとめ、拾った自転車に積み込み移動始めることにした。

 

俺は現在、川と河川敷グラウンドの間にある木が数本茂った敷地に、一般には段ボールハウスと言われる住居を構えて住んでいる。

 

その住居はまもなく崩壊することは間違いない。

 

自転車の荷台にわずかばかりの荷物を括りつけると、風にあおられよろめきながら、高速道路の橋の下を目指した。

 

堤防の土手を何とか登り切り、橋の下にたどり着くと、すでに2名の先客がいた。

橋の下とはいえ、横殴りの雨と風で落ち着けるような状態では無い。

しかし、コンクリートの構造物に寄り添うと何故か安心感を得られた。

先客の2名は顔見知りの、通称「色眼鏡」と「アツシ」、顔見知りのホームレスだった。

 

「色眼鏡」は、まだ40歳そこそこに見える長身の男である。

一日中サングラスをかけているが、それは度付きであり、現在持っている眼鏡はそれしかないと言っていた。

サングラスの陰に隠れた顔はなかなかのイケメンと見ている。

知り合った夏からずっとセーターにジーンズ、足元はサンダル。

薄汚れて元の色が分からないセーターは、よく見ると高級ブランド品である。

話し言葉からも知性が感じられることから、以前は高給取りであったのではないかと俺は想像している。

 

「アツシ」は短く刈り込んだ白髪頭から、60歳位と想像される。

何故いつも頭髪だけは短く綺麗に刈り込まれているかは謎である。

いつも、500mlのペットボトルに、あちらこちらでかき集めてきた残り物の酒を入れて、飲んでいる。

その日飲める酒と食い物があればそれで満足と常日頃から言っている。

いままでの話の内容から、元教育者だったらしい。

この日も、薄汚れた大きなリュックサックとトートバックを足元に置き、正体不明のブレンド酒を飲んでいた。

 

だが、あくまでも推測である。

この場所で暮らすには、他人を詮索してはいけない。

深く付き合うのも同じだ。

友達というものは存在してはいけないのだ。

 

雨は夜になるとさらに激しくなった。

川の水は茶色い濁流tなり、凄い音をたてて流れて行く。

水位も目に見える速さで上がっている。

 

俺の住居があったあたりは、すでに濁流に飲み込まれ、グラウンドも見えない。

水面は、堤防の土手をゆっくりと、着実に上がって来ていた。

 

「これはまずいな」

色眼鏡がつぶやいた。

 

「もう堤防の低い対岸は、川が氾濫してるよ」

酒をちびりちびりと飲みながらアツシが言った。

 

どこかでサイレンの音がする。

 

俺たちはずぶ濡れになりながら、濁流と化した川を眺めていた。

 

褐色の濁流の中を、様々なものが流れて行く。

時折ブルーシートが流れて行くとドキリとする。

人間も流されているんじゃないか?

俺だって、後1時間行動が遅れたら、この濁流の中だった。

 

3人で黙って濁流を眺める時間が続いた。

 

夜半過ぎ、雨が上がった。

あと1メートルほどで水面が堤防を超える時だった。

風も治まり、雲の間に星が見え始めた。

 

そして、空が明るくなり始めた頃、水面はゆっくりと下がり始めた。

 

俺は2か月前にここにやってきた。

それまでは、普通にマンションに暮らし、満員電車で会社に通っていた。

ある日、何もかもがいやになり、このままでは自分の意思とは関係なく、発作的に電車に飛び込むのではないかという恐怖感に囚われ、財産や所持品を処分して今までの世界から姿を消した。

親族が言う、失踪という奴だった。

そして、キャンプ道具を背負ってこの川べりにやってきたのだ。

 

対岸には、ホームレスが村のようなものを形成しているエリアがある。

何故か畑まで。

住み良さそうなので、その近くに当時所持していたテントを張ったのだが、追い出された。

なんだかよくわからないルールがあったようだ。

後から知ったのだが、裏で中国人が動いていて、そこに住むホームレスを使って金を稼いでいるらしかった。

 

そして、川を渡り今の場所に移った。

川とグラウンドの間のスペースには、点々とブルーシートで覆われた家(?)があった。

俺は、その一角にテントとタープを張り、暮らし始めたのだ。

しかし、暮らし始めて1週間、住居を半日ほど離れた間に、あらかた金目の物を盗まれてしまった。

幸い、貴重品は常に身に付けていて助かったのだが。

 

呆然とたたずんでいる俺に声をかけてくれたのが、色眼鏡とアツシだった。

 

「金があることが分かり切っているような住まいを立てるからそうなるんだ。ホームレスは仲間じゃない。お前がここに来た時から観察している奴は沢山いたんだよ」

 

金目の物を奪う隙を覗っていた連中は沢山いたらしいのだ。

 

それ以降、俺はお決まりのブルーシートと段ボール、廃材で住居を作り直し、ご近所さんと変わらぬようい暮らしていた。

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生活は快適だった。

何のストレスもない。

夜中に汗をかいて飛び起きることも無くなった。

興味深げにのぞき込む子供たちの目を除けばだか。

 

一晩中橋の下三人で、全身ずぶ濡れになりながら川を眺めていた。

 

太陽が顔を出した。

 

「もう、しばらくの間ははここで暮らすのは無理だ」

色眼鏡はそう呟くと、錆びた、いつもは大量の空き缶を積んで走っている自転車に今日は荷物を括りつけて、ゆっくりと走り去っていった。

俺たちに何の挨拶もせずに。

 

「さて、別なねぐらを見つけるとするかな」

アツシもリュックを背負い、薄汚れたトートバックを肩にかけると、ゆっくりと歩きながら去っていった。

俺がまるでいないかのように、無愛想に。

 

さてどうしたものか。

今の俺に行く場所はない。

所持金だけを身に付け、他の荷物は橋の袂において俺も川を離れた。

 

近くの公園の水道で体を洗い、何とか人前に出ても見られる体裁を整えた。

その後、1週間ほど、ネットカフェで過ごしながら、毎日川を見に行った。

 

川の水量が元に戻り、濁りが消えるのに1週間はかかった。

 

しかし、河川敷が元の姿に戻るには相当の時間が必要となるだろう。

 

それでも一つ、また一つとブルーシートの住居が建ち始めた。

 

良く晴れた昼下がり、俺は今まで住んでいた場所に立っていた。

地面はまだ大量の水を含んでいる。

 

ブルーシートを固定していた木は下流側に斜めに傾き、大量のごみを巻きつけていた。

もちろん俺の住まいは跡形もない。

 

しかし、川面に目をやると、そこにはすでに以前の姿が戻っていた。

シラサギが何羽も川に立ちこみ、小魚を狙っている。

 

あの増水から10日ほどしか経っていないのに。

もう魚が戻っているのか。

 

シラサギ達はじっと水面を見つめている。

そして時頼、長いくちばしを水に突っ込み、小魚をしとめる。

 

魚たちは、あの濁流の中一体どこにいたのだろう。

 

川では、全くいつもの通りの光景が繰り返されているのだ。

何事もなかったかのように。

 

「俺はまたここへ戻るのか?俺の日常は、この場所で繰り返されるのか?」

 

自問自答した。

 

そもそも、この場所は俺にとって非日常の場所で、台風はそれをあの濁流で押し流してしまったのではないか。

 

俺にとっての日常の場所に、もう一度戻る時が来たのかもしれない。

覚悟を決める時が来たようだ。

 

俺にとっての非日常的生活を二か月間過ごしたこの場所で、生き物たちは今、日常的な生活を取り戻している。

何事もなかったかのように川は流れ、そこで生活している生き物たちも、普段通りの生活を営んでいる。

 

その場所に背を向けて、俺ゆっくりと歩き始めた。

俺にとっての日常を営む場所に向かって。

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