お父さんの居場所について考えてきた。
お父さんの居場所がない
確かに、都市部で子供を持つ家庭においてはお父さんの居場所はまずない。
子供が巣立つまでの間、お父さんは我慢しなければならないのだ。
そのため、押し入れや廊下の突き当りなどのわずかなスペースを自分の城として我慢して(喜んで)いる。
いや、そのようなスペースが確保できたお父さんはむしろ幸せなのである。
独身時代、癒しの対象であったガンプラや本は真っ先に処分され、そっと購入したものが奥さんに見つかると、白い目で見られ説教だ。
だから家に帰りたくなくなるお父さんたちが出現する。
世のお父さんたちはどうしたらよいのであろうか。
昔のお父さんの権威は絶大だった
お父さんはリビングのテーブルでビールを飲みながら考えた。
妻と娘二人はテレビのお笑い番組に夢中である。
お父さんにテレビのチャンネル権は無い。
お父さんが子供のころはどうだったであろうか?
お父さんの父親は公務員であった。
お父さんが生まれた時は市営住宅という、当時の長屋に住んでいた。
ほんの二部屋に、狭い台所とお風呂に汲み取り式トイレ。
妹が生まれ、お父さんが幼稚園までそのような住宅に住んでいた。
記憶はかすんでしまっている。
ただ、父親が帰るのを待って、家族全員で晩御飯を食べた記憶がある。
白黒のテレビで、家族全員で鉄腕アトムを見た記憶がある。
お父さんが小学校の時に、父親は家を建てた。
小さな木造の二階家である。
間取りは3LDK、8畳間のリビングダイニングキッチンに6畳間が二部屋、後は3っ畳間である。
もちろん父親の部屋は無かった。
父親はいつもリビングの炬燵にデンと座ってテレビを見ていた。
テレビのチャンネル権は100%父親であった。
ウルトラマンなど、見たい番組がある時は父親の許しが必要だった。
父親は、週末リビングで釣り道具の手入れをしていた。
子供である私や妹が邪魔することは許されなかった。
昼寝をしていれば、見たいテレビがあっても消してそっと部屋を出たものである。
父親の部屋は無かったが、父親の家であったのだ。
聞けば、同級生の家庭は皆同じような環境であった。
だが、いつから家庭におけるお父さんの権威は無くなってしまったのだろうか。
いまや発言権も居場所も無いのである。
お父さんの権威はいつから無くなっていったのか
「働き方改革」がブームになる前、お父さんが若い頃は残業100時間なんて当たり前だった。
プロジェクトが大詰めになると、帰宅時間は日付を超え、時には何日か会社に泊まり込むこともあった。
今はもう笑い話であるが、同僚が当時の思い出をこう語った。
「プロジェクトが終了して定時で帰宅した日にさ、リビングで遊んでいたそのころ三歳の娘が俺を見上げて おじちゃんお帰りっていったんだぜ」
モーレツ社員であったお父さんたち。
時任三郎がコマーシャルで
「24時間戦えますか」
と歌っていた時代。
どうやらそのあたりから、家庭におけるお父さんの権威が無くなってきたのでは無いだろうか。
家にあまりおらず、帰ってきたら寝ているだけ。
そんな姿を子供たちが見ていれば、そりゃぁ親の権威も無くなりますよ。
結婚しない子供たち
ある意味、お父さんの権威を無きものとし、家庭のきずなを希薄にし、子供たちの結婚願望を無くなさせたのは日本社会のこのような現象ではなかったのか。
子供たちが(特に男の子が)このようなお父さんの境遇を見て育てば、結婚しようなどと考えなくなってしまうであろう。
父親の権威復活が少子化問題を解決するかも
現代社会において、父親の権威を復活させるためには何が必要なのであろうか。
父親の権威が復活すれば、結婚率も上がり、少子化問題も解決するかもしれない。
お父さんはため息をついてぬるくなったビールを飲んだ。
その時、娘が振り返って言った。
「こんどパパはどこにキャンプに行くの?
友達にパパのこと話したら、アウトドアやるお父さんてカッコいいじゃんって言われたよ」
不意の一言。
居場所がないからキャンプに出かけるようになったのに。
なんだか嬉しくなるお父さんであった。
アウトドアの達人らしく、髭でも延ばしてみようかな・・・
*ここに登場するお父さんは、架空の人物で筆者ではありません。
あしからづ・・・<m(__)m>