創作の森に迷い込んだカエルの話

写真家、小説家などの創作活動にあこがれるカエルが、ふとしたきっかけで富士山の麓にある創作の森に迷い込んでしまったお話

ショートショート「この指とまれ」

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「この指とまれ」

 

 暗闇の中、僕は覚醒した。

 

 ここはどこなのだ、僕は何をしているのだろう。

 時間の経過と共に徐々に体の機能が復活して行く。それに伴い思考回路の混乱は大きくなっていった。

 どうしたんだ、何が起こったのだ、情報が全く入手できない。

 落ち着け、落ち着くんだ、冷静に状況を分析しよう。

 

 僕は人間の子供たちを見守り、安全を確保するために作られたロボットなのだ。

 この日僕は、担当している7人の子供たちを公園に連れてきて遊んでいたんだっけ。

 皆がかくれんぼをして遊びたいというから、じゃんけんをして鬼を決めて・・・

 そうだ、ケンちゃんが鬼になって僕たちは隠れたのだ。

 もちろん、子供達には公園から出てはいけないよと注意して。

 しかし大丈夫、僕の体には子供たちの動きや状況はすべて把握できるシステムを装備しているのだから、見ていなくとも行動は手に取るように把握できる。そして周りの状況も。

 異常や少しでも危険が予測される状況が見つかれば、周囲の安全管理システムと連動して子供たちを守ることができるのだ。

 ゆっくりと記憶をたどる。そして僕は公園の小山のトンネルに身を潜めた。子供たちを監視しながら。

 ケンちゃんが3人の子供たちを見つけたことまでは記憶にある。そして彼らが僕の隠れている場所に近づいてきたその時だ、突然すべての情報が遮断された。

 大きな振動が僕の体を襲い、記憶が途切れ僕の制御システムはストップした。

 

 いったいどうしたというのだ、すでにシステムは全て復活し体のどの部分にも異常も見つからないというのに情報が入手できない。僕のシステムと外部ネットワークが繋がらない。僕の子供たちの情報も全く入手できないのだ。

 子供たちはどうしたのだろうか、安全なのだろうか。

 急いで彼らの安全を確認しなければ。

 

 体は正常なのだが、何かに強く押し付けられている。隠れていた公園の山が崩れたのか。

 大丈夫だ、全てのエネルギーを両腕に集中させ、体に覆いかぶさるものを取り除くのだ。

 予想以上に外に出るまでに取り除かねばならない障害物は多かった。様々な瓦礫の下に体が埋まっていたのだ。おかげで外に出るのに多くの時間を費やしてしまった。

 

 ようやく外に出ると、視界に入ったのは今までに見たこともない世界だった。

 ロボットの僕でもしばらくの間、立ちすくんでしまった。

 空は不気味なオレンジ色、乾燥した風が砂埃を巻き上げ吹き抜ける。

 倒壊し、風化し砂に埋もれている建築物。

 人はおろか生物の姿は何も視界に入ってこない。

 

 この風景は何なのだ、一体何が起こったのだ。

 僕自身の思考回路では理解不能な光景なのだ。

 とにかく早急に現在の状況を分析しなければ。そしていち早く子供たちを見つけ出し、安全を確保しなければならない。

 しかし、外部ネットワークを利用して情報を収集することは不可能であることはわかっている。

 使命を果たすにはかなり不利な状況だ。子供たちを見守るために作られた僕の、ロボット単体としての情報収集能力には限りがあるのだ。"

 だからと言って行動を起こさないわけにはいかない。一体の力で最大限能力を発揮して子供たちを見つけなければ。

 

 360度見回し、周囲の倒壊している建物から推測して、信じられないことだがこの場所は僕が子供たちと遊んでいた公園に間違いはなかった。

 さらに驚くことに、大気中の組成は生物が住めるような状況ではないことがわかった。

 放射能の値が異常に高い。それに地表に降り注ぐ紫外線量も。

 致命的なことに、この世界からは水も失われてしまったようだ。

 子供を見守るための能力しかない僕にはここまでしかわからなかったが、それでも状況を判断するには充分だった。

 ロボットの僕でも解る。この状況下では、今の地球上に生命体が存在することは不可能だ。

 

 地球規模の核戦争でも起こったのだろうか。

 そうだとしたら、僕には事前にその情報をキャッチし、子供たちを安全な場所に誘導することができたはずだ。

 記憶が途切れる前には、そのような情報は全く入ってきていなかった。

 よほど巧妙に計画されなければ、このような自体にはなるはずがない。

 しかも、なぜ人間は自らを滅ぼすようなことをしなければならないのだ。

 僕には理解することができなかった。

 

 それでも僕は子供たちを探し続けた。

 どのくらいの時間、子供たちを探すために地上を動き回ったのだろう。

 見えるものはオレンジ色の空と風化した地表の風景だけで、ほかには何も見つけることはできなかった。動いているものは、砂塵以外に全くない。いや、おそらくこの地球上で動いているものは僕一体のみ。

 

 立ち尽くし周囲を見回す僕の思考回路に、突然今までに感じたことのない変化が起こった。

 無性に子供たちに会いたくなったのだ。

 彼らを守るという使命だけではない、彼らの笑顔を見たいという僕個人の欲求だ。

 何なのだ、この変化は。

 自分自身で自分の思考回路をうまく制御することができない状況だ。

 これが人間でいう感情というものなのだろうか。

 いたたまれないこの感情。

 お願いだ、子供たちに合わせてくれ、もう一度彼らと遊びたいんだ。

 彼らの成長して行く姿を見ていたいんだ。

 突然僕の体が小刻みに振動し、膝から崩れ落ちた。

 

 このような世界は受け入れられない。

 子供たちの姿が見えない、笑い声が聞こえないこの世界。

 僕一体だけが動き回っているこの世界。

 

 そうだ。

 突然僕は人差し指をオレンジ色に不気味に輝く空に突き上げ、できる限り大声を出して叫んだ。

 

 かくれんぼするものこの指とまれ!

 

 そして僕の体は動くことを止めた。

 ビュービューと風が吹き、体は砂にまみれて行く。

 それでも同じ体制で待ち続けるのだ。子供たちが笑いながらこの人差し指に飛びついてくるまで。

 時間だけが過ぎ去る。

 僕の指にとまる子供は誰も来ない。