創作の森に迷い込んだカエルの話

写真家、小説家などの創作活動にあこがれるカエルが、ふとしたきっかけで富士山の麓にある創作の森に迷い込んでしまったお話

ショートショート「羊飼いとオオカミ」

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「羊飼いとオオカミ」

 

 

 お腹を空かしたオオカミが、森に一頭で住んでおりました。

 彼はもう何日も、まともな食事を取ることができないでいるのです。

 現在彼の住む森には、食べるものがほとんど見当たりません。シーンと静まり返って、まるで森が死んでいるかのような光景です。

 前までは、森の中には沢山のウサギやネズミなどの小動物や、楽しくさえずる鳥たちの姿が沢山見られ、流れる小川には何種類もの魚たちも泳いでおりました。

 彼もお腹を空かせるようなことはなかったのです。

 しかし、今では動物たちや鳥たちを見かけることはほとんどありません。ビュービューと、木の枝を鳴らす風が吹いているだけです。

 ここに一頭で住んでいるオオカミだって、もう長いこと仲間とは出会ってはいませんでした。

「村人のせいだ」

 彼は、村人たちに対して怒りと、そして恐怖を抱いておりました。

 

 村人たちは、自分たちの生活を便利に、そして豊かにするために邪魔になる者たちを周りから排除していったのです。

 オオカミたちも、そしてキツネやイタチなどの動物たちも、村人たちの大切な家畜を襲うという理由でどんどん殺されていきました。

 その影響で、天敵がいなくなって増えてしまったウサギやネズミたちも、畑を荒らす厄介者として罠や毒を使って駆除され、その毒が川に流れ込んで魚たちの命さえも奪ったのでした。

 それでも村人たちはお構いなし、自分たちさえ豊かであれば他はどうなってもよかったのです。

 そして今、死んだようになってしまった森と引き換えに、村人たちは山の麓に築いた村で豊かに暮らしているのでした。

 

 オオカミは森の中で、もう何日も獲物を見つけることが出来ていませんでした。

 森の外にある牧場には、村人たちが飼育している丸々と太った美味しそうな羊たちがのんびり草を食む姿が見えています。

「あの羊を食べたい」

 しかし、羊たちは全て、彼にとって仲間を殺した恐ろしい存在である村人たちに、管理され守られている動物たちなのです。

 彼の仲間を絶滅させた恐ろしい村人たちが生活している場所に、たとえ短時間であっても踏み込むことは、今の彼にとってとても勇気が必要なことなのです。

 それでもこの空腹を、何とかしなければなりません。

そ してついに、彼は生き延びるために羊を狩ることにしたのです。

 彼は、ゆっくりと、警戒を怠ることなく森を出て牧場に近づいて行きました。

 

 少年はこの村にやって来て、ようやく羊飼いの仕事にありつくことができました。

 身寄りのない少年は、一人で生きて行くためには仕事を探すしかありません。

 しかし、そのような少年を使ってくれる人はなかなか見つかりませんでした。

 そして少年は、豊かであることで有名なこの村にやってきて、ようやく羊飼いの仕事を見つけることができたのです。

「真面目に仕事をして、一刻も早く一人前の村人として認めてもらいたい」

 少年は懸命に努力を重ね、この羊飼いという職務を全うしようとしておりました。

 毎日羊の数を数え確認し、牧場周辺の地形もしっかりと頭に入れました。夜にはオオカミが羊を襲いに来るかもしれないので、寝ずに森の方向を見張り続けていたのです。

 雨の日も風の日も。来る日も来る日も。

 そんな真面目な少年の仕事ぶりを、村人たちは小ばかにしておりました。

「オオカミなど、俺たちが駆除してしまったからもういやしない。羊飼いの仕事なんぞ、この村では誰でもできる楽な仕事さ。あの少年は、かわいそうだから雇ってやっただけなのだ」

 

 オオカミは森から出て、牧場を見下ろせる小高い丘から用心深く当たりの様子を観察しておりました。

 牧場には、人間は羊の番をする少年一人しかいないことが分かりました。

 夜も寝ずに番をしているようですが、少年一人の力ではオオカミに立ち向かうことはできません。

「よし、今夜、羊を狩っていただくことにしよう」

 彼は今晩、村人たちの羊を狩ることにしました。

 

 夜、少年はいつもの通り森の方向を見つめていました。

 すると、そこに二つの小さな赤い点が現れ、牧場に近づいてくるのを見つけたのです。

 緊張に胸が高鳴ります。

 オオカミの目が光っているのです。

 間違いなくオオカミがやって来たのです。

 少年は力の限り村に向かって叫びました。

「オオカミだ、オオカミが来た!」

 

 少年の大きな叫び声を聞いたオオカミは、ひるんで立ち止まってしまいました。

 やはり人間は恐ろしいのです。

 しかしすぐに気を取り直し、相手は少年一人だけで俺に立ち向かうことはできないと自分に言い聞かせました。

 そんな彼の目に、麓の村から松明を持った村人たちが大勢やってくるのが見えました。

「チェッ」

 彼は舌打ちをすると、この晩は羊を狩るのをあきらめて森の中へ走って退散したのです。

 

 村人たちが牧場に着いた頃には、すでにオオカミは森の奥に姿消した後でした。

 少年は一生懸命に村人たちに状況を説明しましたが、村人たちは首をかしげるばかりです。

 本当にオオカミがまだ生き残っているのか疑っているのです。

 それでもその晩は、村人たちは少年に何も言わずに村に引き返して行きました。

 翌朝、少年はオオカミを見た当たりを確認しに行ってみると、そこには大きな足跡がありました。

「こんなに大きなオオカミならば、羊は一飲みにされてしまう。もっと慎重に夜の番をしなければ」

 少年は改めて気を引き締めたのです。

 

 次の晩、オオカミは再び羊を狩るために森から姿を現しました。

 昨晩は少年の叫び声を聞いてひるんでしまい、村人がやってくるまでの時間を無駄に費やしてしまいましたが、叫び声にひるむことなく素早く羊を狩れば、村人たちが駆け付けるまでに森に逃げ帰ることができたはず。

 彼はそう考えたのです。

 森を出て、牧場に向かって進んでいるときに足に何か触れ、カランカランと大きな音が鳴りました。

 その途端、また少年の大きな叫び声が闇夜に響き渡りました。

「オオカミだ、オオカミが来た!」

 牧場まではまだしばらく距離があります。

 このまま進むと、村から牧場へと駆け付ける村人たちと遭遇する危険性があると考えた彼は、仕方なしに腹ペコのまま森にもどることにしました。

 

 この晩も、駆け付けた村人たちに少年は状況を一生懸命説明しました。

 昼間、牧場の外れでオオカミの足跡を発見したこと。オオカミがやってくる道に音を出す仕掛けを設置して、先ほどそれが鳴ったこと。

 ですが、村人たちは誰一人オオカミが来たことを信じません。

 反対に、楽しく酒を飲んでいる時間を今晩も邪魔されて不機嫌になったのです。

「オオカミなんぞいやしない。足跡は見間違いだ。少年にオオカミの足跡がわかるはずがない。仕掛けの音が鳴ったのは風の影響だ」

 そう吐き捨てて村へ戻っていったのです。

 

 腹ペコのオオカミは、羊を狩ることをあきらめきれません。

 しかし、羊飼いの少年は予想以上に手ごわいことも分かりました。

 そこで、昼間離れて少年を観察していると、今日も牧場の周りや森の入り口を熱心に観察し、何やら罠のようなものを仕掛けているのが見て取れます。

 それでも、その晩も彼は用心しながら牧場に近づいて行ったのです。

 大木の陰で少年の様子を伺おうとしたその時、ビュッツという風切り音と共に、何かが彼の耳をかすめて地面に突き刺さりました。

「槍だ」

 村人たちが彼の仲間の命を奪った道具の一つだということは一目で分かりました。

 その時、また少年の大きな叫び声が夜空に響いたのです。

「オオカミだ、オオカミが来た!」

 

 三日続けて、夜に少年の叫び声を聞いて牧場に駆け上ってきた村人たちは怒っていました。

 夜の楽しい酒宴の時間を、今晩もまた叫び声で邪魔されたからです。

「オオカミなどどこにもいないではないか、今度うそをついたらお前は首だ」

そう少年を怒鳴りつけて村に帰って行ったのです。

「もうこうなったら、自力でオオカミを仕留めて村人たちを納得させるしかない、彼らの手助けを仰ぐことは不可能だ」

 村人たちに信じてもらうために、少年は一人でオオカミと戦う決心をしたのです。

 今日仕掛けた槍は役に立たなかった。もっと強力な罠を作らないと。

 少年は寝ずに準備を始めたのです。

 

 オオカミは、この日も遠くから少年の行動を観察していました。

 少年は、彼が牧場に行くため通る場所に、いくつも念入りに罠を仕掛けています。

 それを見て、彼は今晩の戦法を大きく変えることにしました。

 遠回りをして森から出ると、牧場の反対側の少年が罠を掛けていない方に回り込み、明るいうちから身を隠したのです。

 そして夜になりました。

 闇の中、自作の長い槍を握りしめた少年が、森を見つめて立っています。

 彼は、スルスルと少年の背後から音もなく忍び寄っていきます。

 そして、十分に近づくとジャンプして少年に飛び掛かりました。

 

「これは僕と狼の戦いだ。この戦いに勝って僕は村人たちに嘘なんかついていないことを証明しなければならない。そして信頼を勝ち得て幸せにこの村で暮らすんだ」

 意気込んで夜を迎えた少年でした。

 しかし、いつもの時間になってもオオカミは現れません。

「今日はやってこないのだろうか」

 そう思った時でした。

 背後のかすかな物音を聞いた少年が、振り返った時に見たものは頭上間近に迫ったオオカミの真っ赤な巨大な口だったのです。

 

 オオカミは少年を一飲みにしてしまいました。

 そう、彼が今晩狩ることにしたのは、丸々と太った美味そうな羊ではなく厄介者の少年だったのです。

 少年の体はかなり骨っぽく、肉もあまりついていませんでしたが、彼は久しぶりの食事に満足して森に帰ることができました。

 もちろん少年が仕掛けた罠の位置を全て避けて。

「明日からは安心して羊を狩って食べることができるだろう」

彼はそう思い満足したのでした。

 

 昨晩は少年の叫び声に酒宴を中断されることなく楽しんだ村人たちが、昼間牧場にやってきました。

 そこに少年の姿はありません。

「うそつき少年め、首になる前に姿を消したか」

 村人たちはそう言って笑いました。

「オオカミなんて全て俺たちが始末してしまったし、ここは安全なのだ。新しい羊飼いなんて雇うだけ金の無駄だ、その金で皆で酒を飲もう」

 本当の状況を把握できない村人たちは、そう話しながら村に戻って行ったのです。

 

 その晩、オオカミは苦労することなく羊を一頭食べることができました。

 

 少年の魂は、空からその光景を眺めていました。

「村人のみんな、オオカミはすぐそばにいるんだよ、本当だよ、なぜ僕を信じてくれないんだ」

 悔しくて牧場の風景がにじんで見えます。

 その時、天から光が差し込み、少年を暖かく包みました。

「もう泣くのはおよしなさい、あなたは真面目に働きました。その姿を私はずっと見ていましたよ」

 振り返ると、そこには女神さまの姿があったのです。

「でも、僕は自分の仕事を全うできませんでした。そして今もオオカミは羊を一頭丸飲みにしてしまいました」

 少年の涙声に、女神さまは優しく答えました。

「地上の生き物には、皆それぞれの役割があるのです。オオカミにはオオカミの役割が。地上に生きるもの全てに無駄な命などないのですよ。そのことを忘れ、自らの快楽のためにだけ生きようとすると、やがてその報いを受けることになります。少年よ、あなたはよく働きました。胸を張りなさい。そして私と一緒に天に昇るのです」"

 

 それからも、オオカミは毎晩一頭ずつ羊を食べて行ったのです。

 

 ある日、牧場に来た村人たちの一人が言いました。

「羊の数が減ったような気がしないか」

 しかし、誰も羊の数を知っているものはおらず、気のせいだということになりました。

 

 その日、オオカミは森の近くの小高い丘の上から牧場を眺めていました。

 毎日羊を食べられるようになって、もう以前のような空腹に悩まされることはなくなっていました。

 その時です、彼の背後から懐かしい匂いがしたのです。もう長いこと嗅いだことのない暖かい気持ちになるような匂い。

 振り返ると、そこには信じがたいことに沢山のオオカミたちがいたのです。

 群れのリーダーと思われる、ひときわ大きなオオカミが彼に尋ねてきました。

「私たちは安住の地を求めて旅をするオオカミです。私たちは、この地に暮らすオオカミはすでに滅んでしまったと聞いていたのだが」

 彼は自分が最後の一頭であることを伝えました。

 そして、彼は旅をするオオカミたちと話し合った結果、今晩皆で牧場の羊を狩って食べた後、一緒に安住の地を求めて旅をすることにしたのです。"

 

 その晩、オオカミたちは音もなく牧場に入り込み、全ての羊を平らげ、安住の地を求めてこの地から姿を消しました。

 

 翌朝、村は大騒ぎとなりました。

 牧場から全ての羊が一晩で消えてしまったのです。

 残されていたのは無数のオオカミの足跡だけでした。

 少年の叫び声は本当だったと、今になって思い知ったのです。

 直ぐに村人たちの間で、羊がいなくなった責任を誰が取るのかで争いが起こりました。

「俺は少年の言葉を本当は信じていたのだ」

「そんなはずはない、お前は羊飼いなどいらぬといったではないか」

「これは少年を首にするといったお前の責任だ」

 誰もこの責任を取りたがらず、誰かに被害の補償をさせたかったのです。

 もちろん解決などする訳もありません。日ごとに村人たちの間の争いは大きくなって行きました。

 村人全員が皆、疑心暗鬼になり、あんなに豊かだった村は時を待たずに荒れてすたれて行ったのです。

 

 村が荒れ果てていくこととは逆に、周囲の森や川は本来の姿を戻しつつありました。

 村人たちが干渉しなくなった影響なのです。

 森には小鳥の鳴き声が戻り、野兎やネズミたちの姿を見かけるようになりました。

 川辺ではカエルが歌い、流れには魚の姿が光って見えます。

 あの牧場も今は草や低木が生い茂り、森の一部となるのももうすぐの事でしょう。

 そして、いつしかこの森にオオカミたちも帰ってくる時も来るのでしょうか。

 その時、村は・・・