創作の森に迷い込んだカエルの話

写真家、小説家などの創作活動にあこがれるカエルが、ふとしたきっかけで富士山の麓にある創作の森に迷い込んでしまったお話

ショートショート「黒猫と僕の不思議な関係」(リライトしました)

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「ついていないなぁ」「運が悪いよ」なんて、その場の出来事だけで判断しちゃいけないよ。
 自分の身に降りかかった出来事を、その時点の点だけで判断しちゃいけないのさ。点はいくつも限りなくあってそれが続いて線のようにつなり人生というものを作り出しているんだ。その中の一点での不運は、連続して線になったときに実は幸運の始まりだったっていうこともあるからね。
 だから「ついてない」「運が悪い」なんていうネガティブな言葉は口に出しちゃいけないんだよ。
 僕の幸運は、一見不運な出来事の連続から始まったからね。
 聞いてくれるかい、僕の話を。

 事の始まりは僕が35歳の1月の寒い土曜日の夕方だった。

 当時の僕は、彼女いない歴35年、失恋連敗記録はもう数えるのが嫌になるくらいの回数で、恋愛なんて事は僕の人生において起こることなんかもうないとあきらめていたんだ。
 休日は一人暮らしのマンションで、レンタルしてきた映画を見るか本を読むか。アクティブという言葉とは程遠い週末をいつも過ごしていた。
 そんな僕が15年間休まず続けていることが一つだけあった。ロト6、自分で好きな番号を6個選ぶ宝くじを、同じ番号でずっと買い続けていたんだ。僕の買い続けている番号はもちろん外れ続けていたけど、ごくたまに1000円当たることはあったね。
 その日は駅前の宝くじ販売所にロト6を買いに行く日だった。
 いつもの通り、スニーカーを履き部屋を出た。
 そして、通り道を歩いている時に事故は起こったんだ。

 宝くじ販売所の手前約100メートル地点に動物病院があって、ちょうどそこの前を歩いているときだった。
「あっ!」
 僕は大声を上げた。
 黒猫が道路に飛び出してきたんだ。
 黒猫は、目の前に迫ってきた大型トラックを見て驚いたのか車道の真ん中で動きを止めてしまった。大型トラックはブレーキを掛けることもなくエンジン音を響かせて猫の上を走り過ぎる。その後僕は、路上に悲惨な光景を見ることだろうと覚悟した。
 が、予想に反して、黒猫は道路の中央に無傷でうずくまっていた。大型トラックの車体の下を幸運にも通り抜けたらしい。
 しかし、恐怖から腰が抜けてしまったのかそこから動こうとしない。このままでは危険だ。次の車が通る前に助け出さねば。
 無意識に僕の体は反応し黒猫に向かってダッシュ、抱きかかえるとターンして歩道に駆け戻った。
 その時だ。ブチッと右足首が嫌な音を立て、激痛が走った。
「うっ」
 僕はうめき声をあげながら、ラグビー選手がトライでもするように黒猫を胸に大切に抱きかかえながら歩道に転がった。
 猛烈な痛みで目がかすんで立ち上がることができない。ラグビーの試合ならヤカンに入った水を持ってマネージャーが駆け付ける場面なのだろうが、やってきたのは・・・。

「大丈夫ですか?」
 目を開けると、若い女性が僕の顔を覗き込んでいる。
 美人だ。目を開けた瞬間に思った。
 が、それも一瞬ですぐに猛烈な足首の痛みが僕を襲った。猛烈に痛い。
「足が痛い、立てない・・・」
 彼女は僕の胸に抱かれていた黒猫を抱き上げると、
「救急車呼びますね」
 と言って動物病院に駆け込んで行った。

 その後、僕は運び込まれた病院でアキレス腱断裂と診断されそのまま入院。普段全く運動などしていなかったから、急な動作に体が付いていかなかったのだろう。日頃の不摂生がたたったというやつだね。
 僕が助け出した黒猫はというと、救急車を呼んでくれた彼女に後から聞いた話によると、僕が引き取りに来るまでの間、動物病院で面倒を見てくれるように彼女に頼んだということだったが、これについては僕の記憶が全くない。

 1週間後、ギプスで足を固定された僕が退院してマンションに戻った翌日に、さっそく僕が助けた黒猫がやってきた。
 チャイムが鳴り確認すると、荷物を沢山抱えた女性が立っている。玄関を開けるとそれは救急車を呼んでくれた美人の彼女だった。沢山の荷物にペットキャリーバッグ、中には黒猫が。
 黒猫はキャリーバッグから飛び出ると、まるで我が家に帰ってきたとでもいうように、部屋に入り込み僕のベッドの上で丸くなった。
 呆然としている僕に彼女は
「退院良かったですね、お約束通り黒猫君をお届けに参りましたよ。猫は今現在飼っていないとお聞きしておりましたので、必要最低限のグッズも取り揃えて持ってきました。そしてこれが今回の請求書です」
 確認すると、驚くような金額だ。
「そんなこと、僕が頼みましたか」
 と尋ねると、
「私、あなたが救急車に乗る前に聞いたじゃないですか。猫君どうするのって。そしたら頼むっておっしゃいましたよね」
「確かに頼むといったような」
「ほら言ったでしょ、そのあとあなたのマンションの事ネットで調べたら、猫君や小型犬を飼うことは問題なさそうだったので、安心しました」
 そういって彼女はにっこりとほほ笑んだ。
 その笑顔を見ると少し嬉しくなり、僕は何も反論できなくなってしまった。
 結果として、なぜか僕は助けた野良猫を動物病院から引き取り、しかもかなりの請求金額を払わなければならない羽目になったのかを深く考えることもできずに、その日から黒猫と同居することになってしまったのだ。
 黒猫は健康状態のチェックや蚤やダニの駆除もされて、ご飯も充分に食べた影響か毛並みもつややかだった。

 今考えると、その時の僕にとっては黒猫の存在はある意味落ち込んでいた心の慰めになったのかもしれない。
 なぜならその時、僕は人生のどん底を味わっていたんだ。
 おそらく、いや確実に世界で最悪についてない不運な人間だと思っていた。

 そう、黒猫を助けて怪我をした日、僕はロト6を買うはずだったのだが、不運にも怪我をして救急車で運ばれ入院をする羽目になり、おかげで買うことができなかったのだ。買い続けて15年目に初めて買えなかった。
 病院に入院して迎えた月曜日の夜の事、僕はベッドの上でスマホ画面に表示されたロト6の当選番号を確認していた。野良猫救出の事故で今回ロト6は買うことができなかったから、今回ばかりは当たるなと願いつつスマホを眺めると、そこには信じられない数字が6個表示されていた。
 1等当選番号の欄に、すっかり頭に入っている15年間買い続けた数字が6個並んでいる。
 当選金額2億円。
 意識が遠のいて行く。僕の、この6個の数字を15年間ずっと買い続けてきた人生は何だったのだろうか。こんなまるで漫画のような出来事が僕の人生に起こってよいものか。
 今までの人生で味わったことのない最高の喜びとなる出来事が、黒猫のおかげで僕の手からすり抜けて行った。おまけに大怪我までして病院のベッドの上にいるなんて。
 これが実際に起こっている僕の人生なのか、僕の人生に「つき」とか「幸運」とかは無縁なのか。他人から見れば最高の歴史に残る笑い話だ。その夜は涙がにじんで眠れなかった。そして放心状態のまま僕の入院生活は過ぎて行った。
 溜息と涙しか出てこない。
 もうロト6も他の宝くじを買うことは生涯ないだろう。宝くじに当たるという幸運は僕の人生に無縁のものとなってしまったのだ。
 いつだったかネットの記事で読んだ記憶がある。イギリスで同じことがあったのだ。人生で1度だけ買い忘れたロトの宝くじの番号が当たっていた老人の話である。それを知った老人は悲観して自ら命を絶ってしまった。
 僕には彼の気持ちがよく理解できた。なぜなら同じことが僕に起こったからだ。

 そして心の整理もつかないまま退院し、黒猫との同居生活が始まった。

 手入れをされて見違えるようにきれいになった黒猫の姿はなかなか可愛いものだった。
 つやつやになり輝く黒い毛、4本の足先はまるで白いソックスか足袋を履いているような白毛になっている。そして、抱き上げると胸にも白いハートマークが。
 僕は黒猫を自然と「タビ」と呼ぶようになった。

 怪我をした右足はギプスで6週間ほど固定されることになっていた。その間は満員電車で通勤することは困難だし、2億円を手にすることのできないショックから立ち直っていないし、会社を休むことにした。ショックで何も手につかない状態だったからちょうど良かったのかもしれない。

 そんな僕の唯一の慰めは、救急車を呼んでくれた美人の彼女が毎日様子を見に来てくれることだった。
 彼女は動物病院で受付をしていて、僕がタビを助ける一部始終を見ていたそうだ。歩道に転がり込んで起き上がらない僕を見て駆け付けてくれたのだ。
「猫君は大丈夫ですか、困ったことないですか」
 既に恋愛をあきらめていた僕なのだが、彼女が来てくれる度に胸がときめいた。
 猫の事だけではなく、動けない僕に代わって買い物を引き受けてくれたり、時には料理まで作ってくれたのだから。
「名前、タビ君にしたんですか、タビで足に履くあの足袋の事なんだ、ぴったりですねぇ」
 そして、彼女は来るたびにスマホのカメラで黒猫のタビを撮影する。SNSにアップしているのだそうだ。
「タビ君は現在人気急上昇中なんですよ」
 何でも、白いソックスを履いたような足が可愛いと評判で、あっという間にフォロワーも二千人近くまで増えたそうだ。
 嬉しそうにタビを撮る彼女を見ている間は宝くじショックから逃れられる僕だった。

 ある日、彼女はタビの胸にあるハートマークを撮影してSNSにアップしたいと言い、僕はリクエストに応えて黒猫タビを抱き上げてハートマークの撮影に協力した。
「タビ君の胸のハートマーク、キュートですねぇ」
 彼女はその写真を「幸運を運ぶ黒猫タビ君」と題してSNSにアップした。
 その夜、その写真がめちゃくちゃバズってしまった。
「胸のハートマーク超可愛い」
「幸運を運ぶ黒猫君」
 タビの写真はあっという間に世界各国に拡散されて行った。
 人気は日がたつにつれて加熱し高くなる一方だ。
 フォロワー数の増加は留まることを知らず、全世界で5千万人を超えてもさらに増え続けた。
 タビの写真をスマホの待ち受けにすると願いが叶う、などと言われるようにもなり、SNSの世界である種の社会現象と言えるくらいに人気者になって行ったのだ。

 タビの自称専属カメラマンを宣言した彼女は、スマホを一眼レフカメラに持ち替えて僕の部屋に通うことになった。
「私、本当はクリエイティブな仕事したかったんだ。なかでもフォトグラファーは魅力的だなぁ。一眼レフカメラをカッコよく構えて、ファインダー通して自分の世界を表現するのって憧れていたのよねぇ」
 彼女はタビの撮影を通して自分の夢を引き寄せ始めている。何しろ既に1億人近くにまで増えたフォロワーが彼女の撮るタビの写真を期待して待っているのだから。
 しかしこの時点では、この先僕と彼女と黒猫タビの生活が一気にあわただしくなって行くなど、まだ想像できなかった。

 ある日、僕たちのところに黒猫タビの写真集を出したいという話が舞い込んできた。
 もちろん自称専属カメラマンの彼女が撮影した写真を使うという条件で。
「すごい話よ、私タビ君撮るために、奮発してプロが使う高級一眼レフカメラとレンズ買ってしまいました。もう私はプロのフォトグラファー名乗っちゃうわよ、タビ君カッコよく撮るからねぇ」
 彼女は躍り上がって喜び、黒猫タビも「ニャー」と乗り気の表情を見せた。

 僕たちはタビと共に、あちらこちらに出向き写真撮影を行った。
 朝日の昇る海辺で凛々しい立ち姿で海を眺めるタビ、視線の先には舞い飛ぶカモメの群れ。
 ビル群をバックにシャレたカフェ、冷たいアイスコーヒーの入ったグラスの横でくつろぐタビ。
 夕日をバックに公園でたたずむシルエット姿のタビ。
 

 訪れた撮影現場ではタビの人気をすごさを実感することになる。声を掛けてくる人たちがたくさんいるのだ。
「幸運を運ぶ黒猫タビ君に会えちゃった、ラッキー!」
「ファンでーす、一緒に写メ撮らせてください」
 僕たちが知る以上に彼は人気者になっていたのだ。
 写真集は絶対に売れる、と僕たちは確信した。

 ほどなくして、彼女の撮影した黒猫タビの写真集が出版され、僕たちの予想は現実となる。販売部数は人気グラビアアイドルをも超え、異例の大ヒットとなったのはご存じの通りだ。
 テレビ画面でも黒猫タビを毎日のように見るようになった。
 CM出演が相次いだのである。キャットフードのCMに起用されたことを皮切りに、生命保険会社、住宅会社などの様々な企業のCMに登場し、バラエティ番組からも沢山のオファーが届くのだ。
 カメラの前のタビは最高の役者を演じ、本当にその状況を自身で楽しんでいるとしかおもえなかった。
 撮影現場で僕たちは、
「タビ君の度胸はたいしたものですね、ここまで教えるのは大変だったでしょう」
 とよく言われるのだが、そんなことは全くない。タビは自分から楽しんでいるのだ。
 人気女優とのツーショットも難なくこなし、共演した方たちはたちどころにタビに心を奪われSNSでつぶやいてくれるので、さらに知名度と人気はアップする。
 そしてアメリカ映画から出演オファーが舞い込むまでになった。
 そこまで1年足らず、どこまで人気は過熱するのだろうか。

 僕と彼女とタビは、撮影スタジオを兼ねた広いマンションに引っ越し同居することになった。
 僕はすでに会社を辞めて、黒猫タビと、この時は自称ではなく自他ともに認めるタビ専属カメラマンになった彼女の専属マネージャーとして忙しい毎日を送っていた。

 先週は海辺で新たに企画された写真集の撮影。
 今週は旅行会社のポスター撮り。
 来週からはアメリカへ渡り映画出演だ。

 1年前からは想像もつかない生活だ。
 黒猫タビもこの生活を結構楽しんでいる様子で、朝になると今日はどこに出かけるの、と僕たちの顔を覗き込んでくる。その表情がたまらなく可愛いんだ。

 黒猫タビを中心に回る僕たちの生活。
 楽しいし充実している。
 しかし、僕たちはこの生活がいつまでも続くとは思っていないし、続けようとも思っていない。
 今はタビもこの生活を楽しんでいるように感じるけど、ここ数か月は休みなしだ。時折疲れたんじゃないかと思わせる表情もする。彼女とも相談しているのだが、これから先は少しずつ仕事をセーブして行き、1年後には黒猫タビと一緒にのんびりできる場所で暮らしたいと考えている。
 野良猫出身のタビはおそらく今3歳くらい。飼い猫の寿命は12,3年と考えると、脂の乗り切ったところで多忙な生活から引退し、猫らしい生活をさせてあげて少しでも長く僕たちと一緒に生活してほしい。
 そのためにタビがもっと自由に猫らしく動き回れる環境で生活できるようにしてあげたいのだ。
 彼女はそんなタビ本来の姿を得意のカメラで記録し続けて行きたいと願っている。僕はマネージャーとしての活動のほかに、彼女の写真に僕の書く文章を添えて行きたい。
 それがこれからの僕たちの夢なんだ。
 僕たちはこの1年でタビから十分に幸せを分けてもらったし。

 珍しく仕事のないこの日、タビは暖かい日光の差し込む窓辺のソファーの上で気持ちよさそうにマルクなっている。
「猫」って「寝る子」、本当だなと思う。
 時折伸びをし、僕たちの姿を確かめると「ミャー」と一声、また満足そうに眼を閉じる。
 平和な昼下がりだ。

 あの日、僕は黒猫を助けることなく宝くじ売り場に向かっていたらどうなっていたのだろうか。
 宝くじ高額当選者になっただろう。
 ただ、宝くじ高額当選者が幸せになる確率は低いという話もある。
 僕の場合も、一時的な金持ちとなれただろうが、今の彼女と出会うことはなかったし、一時の幸運をつかんだことで会社を辞めて一人で破滅への道を突き進んでいたかもしれない。
 黒猫タビを助けて怪我をした日、当たるはずであろうロト6が買えずに落胆し、当選番号をみて病院のベッドの上で涙を流した。退院してからはなぜか野良猫であったタビのために高額な請求金額を支払う羽目になり、同居を始めることになってしまった。
 僕は本当につきのない、運のない男だと涙を流した。
 だが、その時すでに僕は幸運のしっぽをしっかりと捕まえていたんだ。全く気が付かなかったけど。
 黒猫を助けようと車道に飛び出て怪我をしなければ幸運はつかめなかった。
 おかげで僕は最高の彼女と暮らせるようになったし、黒猫タビは宝くじ当選金額など比較にならないほどの幸運を運んできてくれたのだ。
 だから、「ついてない」とか「運がない」など、その時だけの状況だけで判断してはいけないんだよ。
 幸運ってのはさ、人生どこでどのようにつながっていて、どのようにやってくるかわからないものなのさ。

 黒猫タビは、僕と彼女にとって、本当に幸運を運んできてくれた黒猫なんだ。