創作の森に迷い込んだカエルの話

写真家、小説家などの創作活動にあこがれるカエルが、ふとしたきっかけで富士山の麓にある創作の森に迷い込んでしまったお話

ショートショート「ヒールターン(社内バトル小説)」

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「ヒロム君、君にヒールターンをしてもらう」
 会議室に呼ばれた僕はナガタ営業本部長にそう告げられた。
 横でヤマダ人事部長も腕を組み大きく頷いている 。

「察しの良いヒロム君の事だからすでに気がついていると思うが、我が社の極秘プロジェクト IWGP そう、イノベーティブ ウェイ フォー グローリー プロジェクト、栄光への革新的な道のりプロジェクトを発動することになったのだ」
 ナガタ営業本部長の言葉に、ヤマダ人事部長も厳しい目で頷いた。
「既に知っていると思うが、近年我が社の営業成績は頭打ちだ。社員の士気も低下している。このままでは業界トップを走り続けている我が社の未来に暗雲が立ち込めることは間違えない。そこで、経営陣がこの沈滞したムードを打開するために策を考えた結果、久しぶりにIWGPを発動することに決定した」

 ついに発動だ、僕が入社して4年目、IWGPについて勉強はしてきたが初めての経験になる。
「今回のプロジェクトでは、君はもう一人の若手社員とともにその中核を担ってもらうことになる」

 IWGP 栄光への革新的な道のりプロジェクトは、20年以上前、長い間低迷を続けていた我が社に入った若手社員、今の営業1課のタナハシ課長が身を粉にして働き、社員のモチベーションを引き上げることに成功してこの会社を再びトップに押し上げた方法をもとに作られたプロジェクト手法だ。その後度重なる改善を加えて、会社内の士気が停滞したような時に発令されるスペシャルプロジェクト IWGP が誕生したのだ。
 そのおかげで我が社は再び業界トップに返り咲き、その地位を長らく維持し続けている。
 今回は久しぶりにそのプロジェクトが発令されるのだ。しかも僕が中核メンバーの一人として。

 このプロジェクトは極秘裏に行われるために、その存在を知っている社員は管理職以上で、一般社員においてはプロジェクトに携わる能力があると判断された数名しかいない。
 関係する社員たちは、普段は社内で通常業務を行いながら特別教育を受けているのだ。
 僕はこの会社に入社して4年、入社時から才能を見込まれてタナハシ課長の部下として模範社員を演じながら教育を受けてきた。
 そしていよいよ今回そのプロジェクトを任され、デビューすることとなったのだ。
 しかも、いきなりヒールターンして。

「ヒールターンということは営業第2課のトウゴウ課長の部署に異動ですね、タカハシ係長たちと一緒に仕事をするわけですね」
 我が社の営業部は、花形のタナハシ課長が率いる第1課が大多数を占める。200人以上の人員を抱える部署で、さらに細分化され全国の支店も配下に収めている。
 他に、アウトロー軍団と称され、手段を選ばず売りまくり、営業成績を伸ばし続けるトウゴウ課長率いる営業第2課。社風を変えるために作られた、ヘッドハンティングを中心に営業のスペシャリストを集めた少人数集団の鈴木課長が指揮する営業3課。さらに我が道を行く、わずか5名で構成されるナイトウ課長率いる特命課からなっている。
 その営業部全体をまとめているのがナガタ営業本部長だ。

 ナガタ本部長が続けた。
「そうだ。明日君は営業2課に移動になる。それが一番効果的だと判断した。明日全国の営業部一同が揃うオンラインでの月例会議が開催されるが、その時にヒールターンして新しいヒロム君としてデビューしてもらいたい」

 人事異動の内示を受けた夜、 今日までの上司にして教官でもあるタナハシ課長に飲みに誘われた。
「内示が出たんだってな、営業第二課か。もう当分お前とは酒が飲めないな」
 そうなんだ、タナハシ課長の営業第1課とトウゴウ課長の部営業第2課はお互いに反目し合ってライバル関係にあるのだ。いや、わが社では営業各課は全て反目しあいライバル関係にあるというように極秘裏に設定されている。
 そのため、敵対している相手の課員と日常的な会話をしたり、ましてや一緒に酒を飲んだりすることなど許されない暗黙のルールが存在するのだ。今晩が最後だ。明日からはタナハシ課長の営業第一課と敵対する立場となって売り上げを争うことになる。

 翌日、僕のデビューする日がやってきた。
 200名を超える全国の営業部社員が、オンラインで一同に揃った。
 早速先月の売上状況の説明から始まり、今後の展望、売り上げアップに対する活動方法などについて協議された。
 そして運命の営業第一課タナハシ課長のプレゼンテーションが始まった。
 沈滞気味の営業成績をアップさせるためにどう活動して行くかという内容だ。
 メインカスタマーの現在の状況をもっと細かく分析し、的確にプロモーションして行くのだという内容だ。
 途中、ナガタ営業本部長が僕とタナハシ課長にそっと目で合図を送った。
 そして、僕はタナハシ課長の報告を遮る形で発言した。
「いつまでも同じ手法でやっていたのでは営業成績は上がりません。沈滞気味の現状を打破するためにはもっとドラスティックに改革する必要があると思います。相手のことを分析すると言っても、現状では資料を作るふりをしてパソコンの前に座ったまま動かない営業一課の課員もたくさんいるじゃないですか、無駄ですよ。もっと動きましょう。体を使って、ネット環境もフルに利用して、時代の最先端を行く営業活動を研究し、もっと相手の懐深く飛び込んで情熱的な営業をかけるべきだと思います」
 僕の発言がきっかけとなり、他の課の課長も含めての論戦が湧き上がる。
 次第に激情し、声を張り上げて発言する僕と、常に冷静なタナハシ課長。
 そして僕はとうとう切れて、両握りこぶしで机を激しく叩いて叫んだ。
「そんな変化のないことばかりだからダメなんだ、やってられないんだよ!」
 全国の営業部員一同が凍り付いた。

 しばらく沈黙が続く。
 頃合いを見計らって、トウゴウ課長が声を上げた。
「おいヒロム、よく言った。若い奴はそうでなくちゃいけない、お前は今日から俺のところに来い。良いですね、ナガタ営業本部長」
 部下のタカハシ係長も続く。
「お前もそこまで言っちゃあ、もう営業一課の席に座ってらんねえよな、俺がちゃんと面倒見てやるよ」

 実はこのタカハシ係長 IWGP の曲者と言われている。
 元々は営業1課だった。当時、同僚で優秀ではあるのだが芽の出ないないナイトウ課員を鼓舞して一人前の営業部員変身させるために、IWGPが発動され、その任務を任されたのがタカハシ係長だった。彼はナイトウ課員を営業部員の前でとことん罵倒し、営業一課から追放した。そして自らもヒールターンしトウゴウ課長の元へと走ったのだ。
その後ナイトウ課員しばらく会社に出てこなかった。
 しかし2週間後、久しぶり出社すると、まるで人が変わったように仕事に打ち込んだ。
 そして今は、自分独自の営業部特命課を立ちあげ、課長として数名の部下を集め、独特の営業スタイルで様々な業務を遂行している。営業第1課を追放された当時はまだIWGPの存在を知らなかったと言う。

 笑顔で満足気に僕の肩に手を置くトウゴウ課長とタカハシ係長。
 その時である、一人の長身の若者が部屋に飛び込んできた。
「営業一課のオカダ、只今海外研修から帰ってまいりました。これから皆さんと共に営業1課先頭に立ち、この会社を引っ張っていきたいと思います。ガンガン働いて、ガンガン仕事取って、会社に金の雨を降らせます!」
 凍り付いていたその場の雰囲気が、オカダ課員の登場で一気に反転し、大きな歓声が上がった。
「さあ皆さん、この僕オカダと一緒にタナハシ課長の元、戦いましょう、皆さんの力と情熱で明るい未来を築きましょう、そのために僕は帰ってきたのです」
 あちらこちらから、
「俺もやるぞ」
「私も頑張る」
 という声が聞こえる。オカダ課員は登場した瞬間に、あっという間に営業1課課員全員の心をつかむことに成功した。

 タナハシ課長とオカダ課員がガッチリ握手する姿が、オンラインを通じて全国の営業課員の端末に映し出された。
 そんなオカダ課員にトウゴウ課長が歩み寄った。
「言ってくれるじゃないかこの若造、まずそのお手並みとやらしっかりと拝見させてもらおうか。しかしな、うぬぼれるのもいい加減にしておけ、お前みたいな若造に何ができる。俺たちがその鼻へし折ってやる」 
 そう凄んだ。
 僕も負けてはいない。
 オカダ課員の額に僕の額が触れるほど近づくと、
「海外研修帰りのオカダ君か、エリート気取りのその顔、気に入らないんだよ。明るい未来を築くだと、金の雨をふらせるだと、今の言葉忘れるな、この僕が後悔させてやる」
 と、バチバチの刺殺戦を展開してやった。
 トウゴウ課長が続ける。
「おいタナハシ課長、聞いての通りだ。半期後の売り上げ成績が見ものだな。場合によっちゃあ、その課長の椅子降りてもらうぜ」
 この状況に、そんなことはさせないと営業第一課の課員たちの声が上がる。
 そしてタナハシ課長は立ち上がり、両腕を上にあげ叫んだ。
「大丈夫、俺たちが他の課に負けるなんてそんなことは絶対にない。この僕が愛の力を持って皆をまとめて一つになって、この会社のトップを走り続けてやるんだ」
 課員たちの拍手と歓声の嵐だ。
 その時、隅で黙っていた特命課ナイトイウ課長が無言のままオカダ課員に歩み寄ると睨みつけ、無言のまま退出した。
 それを見ていたスペシャリスト集団営業第三課スズキ課長は、
「営業第一課第二課そして特命課の皆さん、威勢良いじゃないか。でもな、お前ら覚えておけ。この会社で一番なのはこの俺たち、営業三課だ、俺たちがイチバーン」
 そして、大荒れとなった月例会議が終わった。

 瞬間的に営業部の雰囲気は大きく変わった。ひと昔以上に活気ある部署となったのだ。
 それから僕とオカダ課員は営業成績で壮絶なバトルを繰り広げることとなった。
 僕はなりふり構わない営業スタイルに転向し、勝負どころではトウゴウ課長やタカハシ係長の絶妙なアシストを受けて爆発的に売り上げを伸ばし始めた。
 オカダ課員のスマートでさわやかな営業スタイルは、社内の女性社員から熱い視線を集めた。そしてタナハシ課長とのコンビでこちらも営業成績トップ戦線にいきなり躍り出たのである。
 毎月の売り上げ成績は僕とオカダ課員の壮絶な首位争いとなって行った。
 営業第1課は一体感を増し、今まで眠っていたベテランや若手の課員たちが頭角を現しだした。
 会社も活気づき、営業成績右肩上がりの大躍進に業界内、いや日本国内の注目も大きなものとなった。
 会社の誰もがこの戦いに、観客としてではなくプレイヤーとして参加したがり、社内の熱気は日に日に大きなものとなって行く。
 IWGPの発動は恐ろしいくらいの効果を上げ始めた。

 今日も本社ビルにトウゴウ課長の怒号がこだまし、タナハシ課長が大声で愛を叫ぶ。それを見てナガタ本部長はニンマリと頷いている。
  僕のヒールとしてのキャラクターもすっかり板についてきて、営業第2課の人たちに、お前は生まれながらにしてヒールだったのではないかと言われるまでになった。
 僕とオカダ課員は皆と一緒にこの会社に金の雨を降らせ続けている。
 そして業界トップの地位を確実なものにした我が社の社員たちにも、まもなくボーナスという金の雨が降ることになるだろう。

 IWGPは本当に楽しく素晴らしいプロジェクトだ。